痛みや怒りを共有するひとたちがいること、わたしにとってはそれが希望です

2018年8月19日

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ある国会議員によるLGBTには「『生産性』がない」という主張に波紋が広がっている。LGBTの若者の希死念慮の高さを軽視するような発言とともに、「生産性」という言葉が人権や福祉に関連して語られたことで、大きな批判が巻き起こった。近年ではレインボー・プライドに超党派の議員も参加するようになり、LGBTへの社会的な理解も徐々に広まってきたようにみえた矢先に、今回の「事件」は起きた。

しかし、個人を「有用か/無用か」という価値基準で判断しようとする空気は、ここ最近の日本社会のあちこちで感じるものでもある。その意味でこの事件は、けっしてセクシュアル・マイノリティのみに関わる問題ではないはずだ。  

「でもわたしは、今回の発言に対して多くの人が声をあげていること、それ自体に希望を感じるんです」。そう語る尾辻かな子は、セクシュアル・マイノリティであることをオープンにして当選した初の国会議員だ。2005年の自著でレズビアンであることをカミングアウトし、政治活動を行ってきた。自身も当事者である彼女に、今回の「生産性」発言の問題点と、今後の日本のLGBT政策のあり方について聞いた。

「生産性」発言の本質的な問題とは?

──今回、自民党の杉田水脈議員のLGBTのカップルは子どもを作らないので「生産性」がないという主張や、過去のテレビ番組での発言が大きな批判を呼んでいます。きっかけは尾辻さんが7月18日のtweetで主張の内容を紹介し、批判したことでした

ある雑誌に発表された「「LGBT」支援の度が過ぎる」という論文です。最初に読んだときはびっくりしました。事実を踏まえない暴論であり、看過できないと思いました。

──杉田議員の主張は、簡単にいうと、日本社会というのはもともと同性愛に寛容な文化で、「LGBTの抱える生きづらさ」は社会制度の問題ではなく、家族の無理解といった問題である、と。そのうえで、LGBTに関する誤った基礎知識の上で、一部のセクシュアル・マイノリティを「嗜好」の問題だとする主張です。さらに、LGBTはそもそも子どもが産めず、「生産性」がないから税金を使って支援すべきではない、という主旨でした。

そうですね。まず、わたしがしっかり指摘しなくてはいけないと思っているのは、杉田論文の「主張」の根拠です。事実誤認や無根拠な言説も含まれており、あれを読んだ人が杉田議員の「主張」には賛同しなくても、「日本には案外LGBTへの差別がないんだ」「行政はLGBT支援にけっこうな税金を使っているのか」と思わされることで、LGBTに対するフェイクがまき散らされるのではないかと。

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──この3年ほどは地方自治体レベルで同性パートナーシップの証明書を発行する制度などが導入され、LGBT政策はひとつの潮流になっています。今回の杉田議員の主張は、その潮流への反発があるように感じられます。

まずファクトを整理してみましょう。たとえば、同性パートナーシップ証明書発行をいち早く導入した渋谷区のケース。渋谷区の平成30年度の予算総額938億円のうち、男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する事業費の関連予算は1300万円、つまり比率で見ると0.01%です。そもそもパートナシップ証明書発行は、とくに莫大な予算がかかるわけではないんです。また婚姻などと同様の法的な権利が与えられているわけでもありません。彼女がこだわる税金の投入額でいえば、「度を過ぎている」という批判はあたりません。主張の根拠になるファクトが存在しない、典型的なフェイクです。

もうひとつが、LGBTに対する基本的な知識の欠如です。彼女は、LGBTのうちのLGB、つまりレズビアン、ゲイ、バイセクシュアルを「性的嗜好」と表記しました。本来、Sexual Orientationの訳語で「性的指向」が正確な言葉です。また、トランスジェンダーと性同一性障害を同一視しています。これも誤りです。トランスジェンダーの中に、性同一性障害という診断名を持つ人が内包されているというのが、現時点ではより正確かと思います。さらに言うと、この診断名も来年5月に国際基準の変更が採択と共に、変わることになるでしょう。

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──最近では「LGBT」に代わって、より包括的なSOGIという言葉も使われています。

そうですね。LGBTというのはセクシュアル・マイノリティのうちの代表的なカテゴリーの頭文字並べたもので性の多様なありかたすべてを包摂できていません。SOGIというのは、性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)の単語の頭文字を取ったものです。国連の文書などで主に使用されています。「女性問題」を「性別に関する問題」と言い換えるのと同じで、この表現を使うとすべての人が当事者として入ります。

「生産性」で人権を語ることの危険性

──今回の「生産性」の問題は、たとえば異性愛でも子どもを持たなかった/持てなかったカップルや、障がいや怪我、病気などで社会の中で働くことの困難な人たちへの差別にもつながりかねません。

人間を「生産性」で評価するというのは、まず議員である前にひとりの人間として許されることではないと思います。さらにいえば、議員という立場でそうした言葉を口にするのは、とても危険なことです。相模原市の障がい者施設で殺傷事件を起こし、19人の命が奪われた事件では、実行犯は「重度の障がい者は安楽死させた方がいい」という理由であのような行動を起こしたと報道されています。その時代の尺度をもとに、役に立たないもの排除する優性思想を想起させる表現だと思います。

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──「生産性」と人権の問題がリンクされることの危険についてより詳しく教えてください。

まず、人権とは、誰もが当たり前に持っている誰からも奪われることのない生きる権利です。誰かから与えられるものではありません。この世に生きるに値しない命などはありません。人間はいつ自分や家族が病気になるか、障がいを持つかはわからない。ひとり親や貧困などもそうです。それを個人の自己責任にしない社会を社会保障や福祉を通じて作ってきたはずです。そういう普遍的なリスクに備えるために、国、政治がある。子どもを持つ、持たないによって分断を持ち込むことはあってはなりません。その国にとって望ましい生き方なんて時代や地域によっていつでも変わる。いったん「あなたの存在や生き方は国の求めるものとは違うから税金を使わない」というのを許してしまえば、障がい者や同性愛者、ユダヤ人、ロマの人々の命を奪った戦前のドイツのようになってしまう危険性があります。

──とはいえ、日本は社会的・経済的な閉塞感もあるのか、近年こうした意見を国会議員が口にしたり、社会のあちこちで耳にしたりすることが多い気がします。

たとえば、同性愛者は子どもを持てないから、少子化の原因になるということが言われますよね。だけど、どう考えても少子化というのは、子育て支援のあり方、教育費の費用負担、家庭と仕事の両立など労働環境などが原因です。同性愛者などのセクシュアル・マイノリティの存在が少子化の原因になっているわけではありません。さらに言うと、同性カップルが子どもを望む場合に、日本の医療は生殖補助医療へのアクセスをガイドラインなどで制限していますし、特別養子縁組などもできません。同性カップルが里親として有効な資源になっている国もありますが、日本ではそのような実例もまだ少ないのが現状です。スケープゴートを作っても問題は解決しません。

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インタビューは立憲民主党の大阪府連の一階にあるカフェ・スペースで行われた。まだ活用の仕方の詳細は決まっていないが、壁に貼られた模造紙にはパートナーズ制度のコンセプトについてのブレイン・ストーミングの図が描かれていた。

──「生産性」という言葉は、たとえば障がいであったり、怪我や病気に苦しんでいる人たちの尊厳も傷つけるものだと感じます。

そうですね。今回の問題はなにもLGBTだけに関わる問題じゃないと思います。わたしは社会福祉士として働いてきた経験があります。その中で、脳出血などにより体に麻痺が残り今までできていたことができなくなり、ショックでなかなか現状を受け入れられない方の姿を見てきました。本当は介護なんて受けたくない、人の世話になる自分が情けない、「自分は役立たずになってしまった」というようなことを仰る方もいるんです。その時は、寄り添いながら、できること、やりたいことを一緒に探します。

知的障がいのある方々の支援施設である滝乃川学園を作った石井亮一さんの言葉に、「人は、誰かを支えている時には、自分のことばかり考えるけれど、実は相手からどれだけ恵みをもらっているかは、気づかないものだよ。」というものがあります。人は誰かを支えていると思っているとき、実はその人から支えられています。この社会は多様な支え合いで成り立っています。一人ひとりの「弱さ」を支え合える社会というのは、実はとっても「強い」社会なんです。

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図の中には「おつじさん」の名前も。

当事者以外のひとたちも問題意識を共有してくれている

──包括的に説明することは難しいかもしれませんが、最近のLGBTをめぐる状況の変化を教えてください。

セクシュアル・マイノリティやLGBTとひとことで言っても、一人ひとりの性のあり方は多様です。また、家族によっても、住んでいる地域や関わりのあるネットワークによっても、個人の経験というのは様々ですから、そこから見える景色も様々です。だから「最近の状況」というのも、わたし自身の体験や活動地域などからの語りになります。日本でも1970年代や80年代から運動や活動は存在していました。裁判を伴う同性愛者の権利運動は90年代に入ってからで、わたしも90年代後半に学生グループを作ることから活動を始めました。

個人的には、やはりインターネットが普及したというのも大きかったと思います。当事者同士がコンピューターによってコミュニケーションが取れるようになったわけですから。他にも、たとえば2003年に性同一性障害の方が要件を満たすと戸籍の性別を変更できる特例法が成立しました。性別変更の要件については手術が必須となっており、諸外国に比べて厳しい要件であるため現在、超党派議連でも議論になっています。法務省の人権課題の重点項目に性的指向や性自認による差別の防止が盛り込まれたのもこの頃です。

その後、日本でもアメリカでも、「バックラッシュ」といって、LGBTやジェンダー平等に対する逆風の時代がやってきました。日本の例だと、養護学校の性教育がやり玉に挙げられたり、アメリカでも州憲法を結婚は男女のみに限ると限定する修正を行ったりされました。このときも、日本では保守系議員と一部メディアがタッグを組んで、多くのフェイクがばら撒かれましたね。オバマ政権はLGBT政策を推進しましたが、トランプ政権になってからはまた逆風が吹いているように見えます。日本ではLGBTの課題が人権課題、政治の課題としても認識される一方で、根強い偏見もある、という拮抗状態かと思います。

ただ昨年の新聞の世論調査では、同性婚の是非を問う「男性どうし、女性どうしの結婚を、法律で認めるべきだと思いますか」の質問に対して、認めるべきだ 49%、認めるべきではない 39% となり、賛成派が10%多い結果になっています。

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──尾辻さんからみて、現在はどのような状況だと思いますか?

ひとことでいうのは難しいけれど、少なくとも言えるのは、今回の杉田議員の発言が「事件」になっていること、それ自体が大きな変化なんじゃないでしょうか。このまえ地元の夏祭りに行ったんです。そしたら、ふだんはLGBTに関心を持っていないようにみえた地域の役員の方が、「あんな発言はありえないよね、本当にひどいね」って。問題発言であるという認識を、当事者以外のひとたちも共有してくれている。同志社大学の岡野八代先生や、ロバート・キャンベルさんのカミングアウトなどが続いたのも、大きく世論を動かしています。

いまでも自分のことを言えない当事者はたくさんいる

──2010年代で目に見える変化の一つは、レインボー・プライドに大勢の人たちが集まり、政治家も積極的にそこに参加するようになったことです。一方で「プライド」という言葉は、今回の発言に対する抗議でもキーワードとして登場しています。

パレードは祝祭です。みんなが自分らしくあれる日だし、自分が自分自身であることを誇ろう、楽しくやろう!というのが目的ですから。でも、今回の抗議運動は、痛みや怒りの感情なので、集まる目的自体が違います。そこに当事者だけではなく、共感する多くの人が集まったということ、わたしはそこに希望を感じます。本当の意味で孤立し、抑圧されている当事者は、声をあげられないこともある。社会の無理解に対する諦めが先に来てしまう。怒りを表明することって、しんどいんです。でも、7月末の大阪の抗議でも、飛び入りでスピーチをしてくれた男性が、「あの発言を聞いた当事者の友人が泣きながら電話をかけてきた」とスピーチしていました。その彼は、スピーチが終わったあとしばらく涙が止まらなくなっていました。差別によって人は傷つく。でも、わたしたちはひとりじゃない。

──LGBTの若者の自殺率に関する杉田議員の過去の発言も話題になっています。話せる範囲で構いませんが、ご自身が若者だった頃の経験からいって、どのような印象を受けましたか?

わたし自身、若い頃に自分のセクシュアリティを自覚し始めた時、とても悩みました。異性愛が当たり前の社会で生きてきて、自分がみんなと同じではないかもと気付き始めた時というのは、自己否定がものすごいんです。わたしも5年くらいは、誰にも言えなかったし、自分自身で事実を受け入れるのにすごく時間がかかった。その中で、自分が生きていていいんだろうか、という気持ちもありました。自分以外の当事者と会う時も、非常に怖かった。「同性愛者」やそれにまつわる言葉は自分の中でネガティブなイメージでした。

いまでも、自分のことを言えない当事者はたくさんいる。知られたら生きていけないと思いつめて、心身の健康を崩す人もいる。一部の友人にだけカミングアウトして、普段は隠して生活をするという二重生活をしている人も多くいます。なぜ同性愛者などのセクシュアル・マイノリティが鬱になりやすく、希死念慮が高いのか。政治家ならその原因を、きちんと考えるべきでしょう。

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あなたはあなたのままでいい。そしてあなたはひとりじゃない

──尾辻さんも取り組んでいる立憲民主党のLGBT関連政策について聞かせてください。

わたしたちはSOGIに関するプロジェクト・チームを立ち上げ、「LGBT差別解消法」の提出の準備を進めています。これは国や地方自治体が性的指向又は性自認を理由とする差別の解消を推進するための方針・計画などを定め、行政機関や事業者が性的指向又は性自認を理由として差別的取扱いを行うことを禁止すると同時に、雇用(募集・採用)の際の均等な機会を提供し、ハラスメントを防止すること、学校などでいじめなどが行われることがないように取り組むことなどを定めたものです。

──同性婚の法制化についてはどうでしょうか?

こちらも議論を進めています。先日の党の政調審議会でも、同性婚を可能にする法整備をすることに憲法上の支障はないものと認識するという考え方が了承されています。

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──そうした多様性を認める法整備を通じて、尾辻さんが実現したい社会を教えてください。

誰も置き去りにしない社会。政治は困難を抱える人に耳を傾け、寄り添うものだと思っているので、みんなが一緒に生きることのできる社会を実現したいです。例えば、社会的孤立というのは、LGBT当事者だけの問題ではない。実はイギリスでも、「孤独担当大臣」という役職が創設されました。家族の形が多様化する中で、社会的なつながりの再構築というのは、これからの政治の課題だと思っています。

──現在の日本は政治的な抗議をしたり、声をあげたりすることに対して、拒否感を持つような空気がある、と一部では指摘されています。

みんな痛みや怒りをひとりで抱え込むんじゃなくて、主体的に発信して、いろんな人たちと共有することが増えて来ているってわたしは感じてます。そのことが、わたしにとっての希望です。

──最後に、今回の騒動で傷ついたり、怒ったりしている人にメッセージをお願いします。

あなたはあなたのままでいい。そしてあなたはひとりじゃない。そう伝えたいです。今回の、無理解と偏見にみちた主張を許してはいけない。わたしも、二度とこんな発言が政治家から出てこないように、みなさんと一緒にがんばります。

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尾辻かな子 KANAKO OTSUJI

1974年生まれ。衆議院議員(1期、大阪2区)。同志社大学商学部卒業。社会福祉士、介護福祉士、MSW(医療ソーシャルワーカー)、LGBT政策情報センター代表理事。大学在学中に議員インターンシップに参加したことをきっかけに政治に関する興味を深める。大阪府議会議員、参議院議員を経て2017年衆議院議員に初当選。2005年にレズビアンであることをカミングアウトしており、誰も置き去りにしない社会を目指して活動している。著書に『カミングアウト〜自分らしさを見つける旅』(講談社、2005年)がある。