「若者の政治参加」のその先へ—— 政治NPOのトップランナーが、故郷・岡山から国政へ挑む

2019年6月5日

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「若者の声を政治に」―この言葉は政治の世界で20年以上は繰り返されてきた。18歳選挙権への法改正後、政治の側もさまざまに若い世代へのアプローチを強化している。

原田ケンスケは、いわばこれまでの「若者と政治をつなぐ」動きの中心にいた人物だ。学生時代からさまざまなNPOの立ち上げに携わり、若い世代と現役政治家とのつなぎ役として、誰よりも現場で汗を流す“ハラケン”と親しまれてきた。

これまでの活動では、「中立であること」をモットーに、超党派の議員にバランスよく働きかけていた原田。しかし、今年1月、ついに彼は立憲民主党という「政党」に所属し、故郷である岡山で政治活動をスタートさせた。

岡山の現場を回って感じた、現場ならではの壁。現在の「地方創生」への違和感。これまで追求してきたテーマである「若者と政治」だけではない、新たな課題と展望が見え始めた原田に、今現在の率直な想いを聞いた。

「若者と政治」の中心人物、「ハラケン」の原点

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——原田さんは学生団体ivoteやNPO法人YouthCreateを設立するなど、「若者と政治をつなぐ」活動フィールドではトップランナーといっていい存在です。これまでの活動の原動力を聞かせてください。

なんだろう…子どもの頃から、とにかく周囲の人とわいわい話し合って、色々と企画を実行するのが好きだったんですよ(笑) 中高時代に下宿していた寮でも自然に寮長になっていたし、体育祭とかでも、実行委員長とかやっちゃうタイプで。先生側が一方的になくそうとした部活対抗リレーを、全校生徒にアンケートをとることで存続させたりしました。

学生時代のことなんで、他愛もないことも多かったですが、自分が「おかしいな」と思ったら、他の人の意見も聞いてみる。そしてそこから共通の課題が浮かび上がれば、改善するためのアクションをする。そうすれば、「変わらない」と言われているたいていの物事も動かせる。そういう感覚は昔からありましたね。

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議員事務所インターンで感じた違和感。オバマの大統領選がヒントに

——大学で若者と政治をつなぐ活動を始めたきっかけは?

最初は、せっかく大学で東京に出てきたんだから、大きなところで「政治」に触れてみたいなって、国会議員の事務所でインターンを始めました。当時の自分にとっての政治家は、「寮長のすげえでかい版」くらいの意識でした(笑)

ただ、その時後期高齢者の医療制度の議論のされ方に違和感を感じて。社会保障っていうのは、若者にも高齢者にも同じように関係する話なはずなのに、そこに若い世代の意見が不在だった。そのまま議論が進んじゃうことがすごく変に感じて。

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——その違和感はその後、どういう行動につながりましたか?

2008年、オバマ大統領が誕生した選挙戦があった。報道を見ていると、黒人初の大統領ができるかもしれないと、若者がすげえ盛り上がってるわけですよね。当時は日本でもいよいよ初の本格的な政権交代が起こるかもれない、という時期。なのに、日本の若い人たちは盛り上がりがない。

調べてみると、アメリカは若者と政治を繋げる団体がいっぱいある。だから、どの政党が良いとか、政権交代目云々以前に、まずは若者が投票に行くような文化を作ろう、と活動をスタートしました。

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「自民党と参議院は何が違うんですか?」——政治に関心ない若者にもアプローチ

——印象に残っている企画は何でしょう?

一番記憶に残ってるのは、「居酒屋ivote」です。普通の3000円飲み放題みたいな居酒屋に、学生40人くらいと各党の国会議員5人くらいに来てもらって、飲むだけの企画。こういうことをすると、政治に興味がない同世代も来てくれるんですよ。「飲むだけなら難しそうじゃないし、ちょっといってみようか」って。そこで初めて「政治も人間が動かしているものなんだ」と気づくんです。

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「居酒屋ivote」で、各党の国会議員と。右から3番目が21歳のころの原田

——同世代の参加者からの反応はどうでしたか?

国会議員に、「自民党と参議院は何が違うんですか」って質問した参加者もいたなあ(笑) でも、僕はそういう人が来てくれたのが嬉しかった。環境問題とか貧困とかの他の分野では感度が高くても、政治には疎いって人は多い。だったら、それを嘆くんじゃなくて、有効なアプローチを考えればいい。

政治の話にちょっと付き合ってくれる素地は、どんな人にでもあるんです。深い話まではできないけど、「なんか政治気になるよね」とか「俺らどうせ年金もらえないっしょ」みたいな声は出てくる。

ピシっとスーツ着て、有名な政治家呼んで講演会します、といった団体はすでに各大学にあって、それはそれで大切な活動です。でも、政治に関心がない人への広がりはない。相手に「こうあるべき」という主義主張を押し付けるんじゃなくて、「こうありたい、こうあってほしい」という思いをくみ取って、形にしていくことの大切さを学びました。

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大学を卒業してからもNPOを立ち上げ、若者の政治参加について活動、発信を続けてきた。写真は若者力大賞受賞式で、それまでの取り組みについて講演している様子

「若者の政治離れ」ではなく「政治の若者離れ」

——ハラケンさんは「若者の政治離れ」ではなく「政治の若者離れ」という言い方を各所でしています。その意図は?

一般的には「若者の政治離れ」という単語が使われるけど、それって若者が悪い感じがしませんか?若者が政治から離れていったみたいに聞こえる。いやいや、政治側がそもそも変わってないだけだろう、って突っ込みたくなる。

この何十年間、政治側は若者に、自分たちの活動について知ってもらおうとか、若者が政治に関心を持つような教育とかをほぼやってきてない。それって政治が勝手に若者のニーズを逃してるってことですよね。自動車メーカーに例えれば、50年間同じ車を出して売れるわけがない。これは政治側の怠慢だと思う。

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子育て世代の行き場のない想いを、行政につないだ

——最近では、子育て世代が政治にどう関われるかが分かる冊子を作っていましたね。

5年くらい前から同世代の友人が結婚してお子さんを持って、「子どもができたらどの街に住めばいいの?」とか、「次の選挙で誰に入れれば子どもの将来、今後の日本良くなるの?」といったことを聞いてくるようになりました。

子育ては政治に関心を持つタイミングです。生まれた子どもの将来を考えて、関心を持たざるを得ないんだけど、政治のことは良く知らないし、誰も教えてくれない。そこで、子育て世代と社会を繋ぐ活動をしているKURASORUという団体一緒に、「子育てと政治をつないだら」という冊子を作りました。

1冊目は子育てに関する政治の動きと税の使われ方とかを解説したハンドブック。2冊目はどうやって政治や行政に声を届ければよいのか分かる実践事例を紹介した上で、いま自分にできるアクションを見つけるワークブックです。

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——反響はどうでしたか?

実際に自治体窓口に、育児環境についてクレームじゃないかたちで「こう思ってるけどどうでしょう」と届けにいったら、結局現状は変わらなかったけど、窓口の人が真摯に話を聞いてくれて、嬉しかったという声がありました。

やっぱり、特に都市部では「なんで保育園が十分にないんだ」っていう怒りはあると思うんですよね。でも、怒りを怒りのまま「政治ダメだよね」ってぶつけても、社会が変わるとは限らない。

行き場を見失った「怒り」を、行政との建設的な関係づくりに変換する視点が必要とされてるんだ、と思いました。大きな問題ほどすぐさま解決には繋がらないけど、行政窓口に話をしに行った人は話をきちんと聞いてもらえて、これらか先に進みそうな第一歩を踏み出せた、と感じたから嬉しかったんでしょう。地方行政の場で、このモデルを作れたのはとても良かったです。

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立憲民主党に賭ける

——これまでは政治的には中立な立場で活動してきたハラケンさんが、なぜ今回、立憲民主党から政治家を目指そうと決めたのですか?

これまでの活動の根底には、国債が積み増していき、次の世代の人たちが受け取れる社会保障が減っていく事態を何とかしたい、という思いがありました。でもこの10年間、改善されなかった。現在の政治は社会保障について、リスクや負担の分かち合いを正面から取り上げない。しかも若者は政治への関心が薄いから、結果的に社会全体での議論が先延ばしされてしまっているように見えます。

今年1月、岡山市内で行われた記者会見の様子

——立憲民主党ではなく、与党側から出るという選択肢はなかったですか?

他の政党でも、若者参画政策や若者支援政策の議論が進んできています。けれど昨年、自民党の若手議員たちが政策を発表した中で、「こども保険」という提言がありました。これは社会保険料率を上げて、教育無償化の財源にしようという構想です。そうではなくて、社会全体で子育てをしようとするならば、老いも若きも、負担は平等にする、という価値転換への問いかけから逃げているように感じてしまいました。

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——立憲民主党の理念は、ハラケンさんが共感するところが大きかった?

そうです。子育て世代を支えるために社会で負担を分かち合わないと、昭和のように右肩上がりではないこの時代、持続可能な発展は見込めない、という立憲民主党の考えに共鳴しています。

これまでは弱かった、若者の立場を起点にした声を上げていくことで、社会全体で健全な議論ができるはず。だから政治方針のひとつに、「若者の力を強くする」を掲げています。

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「立場の違い」を対話のスタート地点に

——とはいえ、政治活動で語りかける対象の年齢層は幅広いはずです。ハラケンさんのその理念に対して、反応はどうですか?

実際に岡山県内を回っていると、「若者ばかりでなく高齢者のことも考えて」とご意見をくださる方がたくさんいます。でも、僕としてはそのつもりなんです。高齢社会で増える医療や介護のニーズに、働き手としてこたえられる若い世代が暮らしやすい社会は、その労働力に支えられる高齢者にとっても良い社会のはずです。

たとえば岡山県でも公共交通機関の縮小は、自家用車を運転できない高齢者にとって死活問題ですし、地方活性化のためにも活路を見出さないといけない重要課題です。公共交通機関での自動運転など、もっとテクノロジーを活用していく必要がありますが、これにも若者の力が役立つと思います。

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——世代を超えた対話は難しそうに思えます。

世代間の様々な違いは一見「対立」に見えるけれど、僕はチャンスだと思うんです。高齢者と若者の意見、どちらが正しいかなんて、簡単には言えない。だから「対立」に見えることが起こったら、そこを若者を含むいろんな世代が政治をより良くするための対話のスタート地点にすべきなんです。

若者の政治参加は、若者世代の利益を代弁して、より有利になるための手段じゃない。これまでは政治に取り入れられにくかった若者の声も入れば、次の世代に責任をもつ議論がもっとできる、ということです。

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ハラケンから見た「地方創生」の限界

——県内各地を回られて、現在の「地方創生」についてどう考えていますか?

競争主義に陥っていて、自治体間の連携がとれなくなっている。たとえば、合計特殊出生率目標をはじめとする目標を定めた計画を出しなさいと言われ、それが認められれば、補助金がおりる制度です。だから「隣の自治体が教育無償化したらうちも」とか、財源の議論を無視して子育て政策がチキンゲームになっている。

特に自治体間の連携の欠如を痛感したのは、昨年の西日本豪雨の被災です。国と地方の役割分担が課題に挙がっています。たとえば独居高齢者がどこに住んでいるか自治会に渡しておくとか、についてどこまで共有してよいとするのか決まっておらず、それがもとで被災者が増えてしまったそうです。地方分権はもちろん良いのですが、国が最低限の基準や枠組みを示しておくべきだと思います。

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——課題にはどんなものがあるでしょうか?

岡山市や倉敷市以外では、やはり人口流出への危機感が強いです。若者の雇用の場がないのはもちろんですが、教育機関の少なさも、子育て世代が出て行く、かつ流入がない要因になっている。岡山県の瀬戸内海沿いは太平洋ベルトの一部で、重工業が集積していますが、近年は海外の新興国の勢いに押されています。県北は農業が中心ですが、衰退の克服が課題です。

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地方創生のその先へ——付加価値型への転換は地方から

——岡山の伸びしろ、可能性はどこにあると考えていますか?

いま注目しているのが、岡山県最北端の西粟倉村です。「平成の大合併」のさなかでも合併せず、独立した村として自立を選んだ村です。林業が盛んで、村の面積の95%が森林。人口1500人ほどのうち、移住者が200人もいるんです。しかも1990年のピーク以降人口は減り続けていたのに、2017年には人口増に転じました。

——なぜ、そんなにその地域は元気なのでしょう?

地元の資源である林業を生かし、外部の人を積極的に受け入れているんです。もともと林業は職人の世界で、シロウトが口を挟める所ではなかった。でも林業の6次産業化、県外からの移住起業支援をして、人をどんどん呼び込んだ。

たとえば木材家具は、購入先にまで届ける物流費が高いことが課題でした。でもぎりぎり宅急便で送れるサイズにして、物流経費を大きく下げるなど工夫しています。これまでの林業関係者だけではなかなか思いつかないことを実現しているんです。

新興国の台頭で、日本はただ安いモノを作るだけでは経済が成立しなくなっています。地域に合った産業で、ほかとの差別化が必要になってきている。西粟倉村のような、今までになかった発想を取り入れることは、ほかの地域にも広げていきたいし、岡山県の風土は日本全体から見ても平均的だから、岡山でできれば全国に広げていけるのではないかな。

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西粟倉村の視察

「新しい時代に、新しい政治を」の意味

——キャッチフレーズの「新しい時代に、新しい政治を」に込めた意図は?

政治への信頼が、多様な世代の議論による政策づくり、つまり「新しい時代」に必要不可欠ということです。

今まで政治に対して市民が何を求めていたかと言うと、具体的に言ってしまえば自分の街に高速道路を通してくれることだったわけですよね。目に見える利益を自分たちのもとに持ってきてくれるのが、政治家だった。

でも、今は明確にそんな時代じゃない。多少は道路やリニアができるかもしれないけど、少子高齢化の成熟社会では、政治が何かを明確に与えてくれる存在ではなくなっていく。これまでの延長ではない新たな発想を持たなければならない。見方によっては、社会保障が成り立たないから税金を上げるとか、政治は自分たちから何かを奪っていく存在にも見えます。

少ない財源をやりくりし、最大限の効果を出すには、政治は市民から信頼され、ともに社会をつくるパートナーだと意識しないといけない。それには情報公開が必須だし、負担が増えるかもしれない、といった苦しい説明もきちんとする必要があります。

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——今後の活動の展望は?

僕らの活動は今まで市民活動として小さなものだったけど、居酒屋ivoteや子育て世代向けの冊子づくりといった経験を応用したら、もっともっと国政に市民の意見を取り入れられると思う。

僕の国政進出のミッションである、世代間をつなぐ対話の場づくりは、新たな挑戦です。これからもっと岡山の人たちの話を聞き、自分の経験を活かす方法を考えていきたいです。

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原田ケンスケ KENSUKE HARADA

1986年岡山県津山市生まれ。倉敷市立万寿東小学校、愛媛県愛光中学、愛光高校、東京大学法学部卒。20代の投票率向上を目指し、在学中に学生団体ivoteを創設。卒業後の2012年には、インターネット選挙運動解禁を目指して「OneVoiceCampaign」を展開した。同年設立したNPO法人YouthCreateでは「若者と政治をつなぐ」をコンセプトに活動。地方議員と若者の交流会「VotersBar」を始め、現在も全国で展開中。
2014年衆議院選挙時には、有権者がTwitterで政党に質問できる「ASK NIPPON 2014」を手掛けた。全国約70の中学、高校で1万人以上の10代に主権者教育の出前授業を実施。選挙権の18歳への引き下げに向けて文科省と総務省が国内の全高校生に配布した副教材の執筆にも携わった。同年から地元の岡山大学で実践デモクラティックラーニングの講師として、大学生の主権者教育を進めた。
プライベートでは海外にも観戦に行くほどのサッカー好き。バックパック旅行ではバルカン半島、中東、南アジアなど30ヶ国をめぐった。