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2020年9月4日

【後編】「この街の人たちと、ともに歩んでいく」──政治不信に揺れる広島で3人の新人が想うこと

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世界の注目を集め続ける核兵器廃絶運動に代表される、広島の市民による社会運動や文化発信は各方面で盛んだ。

高齢者から若者まで幅広い市民が参加する旧陸軍被服支廠(ひふくししょう)の保存、女性の政治参加、災害に備えた持続可能な地域づくり──。広島から政治の世界に飛び込んだ大井赤亥(あかい、衆議院広島県第2区総支部長)、ライアン真由美(衆議院広島県第3区総支部長)、野村功次郎(衆議院広島県第5区総支部長)の3人は、「大きく開いてしまった政治と住民の距離を縮めるために、政治には何ができるか」、それぞれの分野で模索している。今後、地域とともに取り組みたい活動を聞いた。

※写真は左から野村、ライアン、大井

戦後75年を迎えた「被爆地ヒロシマ」/「軍都廣島」。被害と加害の歴史をもう一度繋げて捉え返す

──広島市南区にある、旧陸軍被服支廠の保存運動が活発になっています。

大井)被服支廠はもともと、軍服や軍靴などをつくる工場で、いわば「軍都廣島」を象徴する被爆建物なのですが、これまでは半ば忘れ去られた存在でした。先立って県が一部取り壊しの方針を発表したことで、保存を求める声が高まっています。

被爆者の高齢化によって本人の話を聞けなくなると、リアリティを持って街の記憶を継承するのは難しい。特に被服支廠は「被害」の歴史の象徴である原爆ドームと対照的に、軍都廣島の「加害」の歴史を伝える存在です。その双方の歴史をつなげて捉え返す必要があります。保存のための財源確保や安全性対策など、市民の皆さんと保存へ知恵を絞っていきたいと思います。

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ライアン)加害、被害両方の歴史の継承は、広島や長崎に生まれた人だけに課された問題ではないと思います。県外の人の方が、被爆建物の保存に肯定的な人が多いというデータもありますよね。被服支廠は被爆建物としては忘れられていた存在だったと言うし、わたしも外から来た人間の視点で、広島が残すべきものを考えたい。

大井)たしかに、地元の人たちは広島が発信できるメッセージの可能性を、県外の人に比べて小さく見ているかもしれませんね。被服支廠保存の問題も、解体方針が出たからこそ、その重要性がはっと思い出された面があります。わたし自身も、高校時代に通学でよく脇を通っていたけど建物の歴史はよく知らず、敷地内でバーベキューをしたり遊び場感覚でした。

女性として街を回って、いちばん良く聞かれる質問は、「ご主人はなんて言ってるの?」。男性でも同じ質問をしますか?

──国会でも自治体議会でも、女性議員は少ないです。

ライアン)人口の半分である女性が議会に少ないことは、人々が政治を遠く感じてしまう一つの要因になっていると思います。ビジネスの世界では、男性の倍頑張らないと一人前と認めてもらえませんでした。政治も同じようなところがあり、議員になるまでに心が折れてしまう女性はたくさんいると思います。

今回政治に挑戦するにあたって、いちばん良く聞かれる質問は「ご主人はなんて言ってるの?」です。悪意なく自然にそうした疑問を抱くのだとは思いますが、わたしがもし男性だったら、同じ質問をここまでの頻度でぶつけられるかな?と思います。「政治は男性がやるもの」だと、心のどこかで思われているんでしょう。

女性が政治的な意思決定の場にいないのは、慣習的な部分によるところが大きいと思います。だからこそ、候補者の一定割合を女性にあらかじめ割り当てる「クオータ制」を一気に進めるなど、政治的な意思表示が必要です。

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大井)同意します。「Mannel(マネル)」という言葉を最近知りました。学会で研究成果を発表する登壇者を「パネル(Pannel)」と言いますが、そこに「男性(Man)」しかいないことを表す造語です。

今年、日本政治学会ではそのMannelを克服するために、パネルに必ず1人は女性を入れることになりました。最初はうまくいくか不安もありましたが、実際に経験してみると、その重要性を理解できました。組織の意識改革をするときは、例外を認めず一気呵成(いっきかせい)に行う必要があると。広島を含め、地方議会は黒スーツの高齢男性ばかりがずらーっと並んでいます。若い世代や女性が参加できる政治は、日本全体の課題だと思います。

地域に新しい雇用をうみだす、防災を軸にした持続可能なまちづくりとは?

──野村さんが先ほどおっしゃっていた「前向きな地域の経済構想」は、具体的にはどんなものですか?

野村)製鉄所跡地となる所に西日本の「防災拠点」をつくって、防災を軸にした持続可能な街づくりの中心にできないか、と考えています。防災や災害対策専門の自衛隊部隊を置いたり、被災者や感染症患者を一時的に収容する「災害対応船」を停泊させておいたり。津波のない瀬戸内海と、自衛隊基地に隣接する広大な跡地を生かしていくんです。拠点内で再生可能エネルギーを生産すれば、持続可能な街づくりになる。

テレワークやサテライトオフィスの誘致や子育て・教育環境の充実など、移住を呼び込むことも考えられます。でも、行政が旗を振るだけでは実現しません。もともと地域に住んでいた方々と、新しく移り住んでくる方々が、同じ地域の未来をともに作っていくプロセスが必要なんです。地域に雇用を生み、日本の防災対策を前に進めるこれらのアイディアは、他の地域にも応用できると思います。

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広島の人たちと「ともに歩む」ために、3人のアクションは

──最後に、地域の人たちと今後取り組んでみたいことを、聞かせてください。

大井)駅頭や商店街で人々と話すと、安倍政権に対する不信や嫌悪を強く感じますが、だからといって野党を支持、期待しているわけではない。与党も野党もない、「政治」全体に対するトータルな不信が広がっています。この不全感に対して政治家は何ができるのか、日々模索しています。

わたしは「床屋政談」という言葉が好きです。辞書では「素人の政治雑談」と定義されていますが、床屋さんに象徴される日常生活の折々で、気軽に持続的に政治について話し合っていくことは、民主政治を下支えする大切な実践です。わたしの活動では、ボランティアの方々と事務所やLINEでカジュアルに政治談議しながら作業することを大事にしています。そこから学んだり、刺激を受けることはたくさんあります。政治家と住民、有権者とが安心して政治について語れる場をつくりあげていきたいと思っています。

ライアン)広島の特徴はなんと言っても、NPOやNGOなどの市民セクターの層が分厚いこと。地域の課題を聞き取るために、そうしたネットワークの中に飛び込んで、まだ政治に届いていない声をていねいに受け止めていくことから始めていきたいと思っています。

野村)これからの日本の防災にとって、一番重要なのは「ひと」です。いくらハード面を整えても、災害対応においてはそれを使いこなす人材、そして地域住民のネットワークの強さが何よりも重要です。そうした課題に、まずはこの広島で向き合っていきたい。たとえば、地域住民の方々とともに身近な防災について考えるイベントなど、今からでも挑戦できることはたくさんあるはずですから。


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大井赤亥 AKAI OHI

1980年生まれ。広島市立白島小学校、仁保中学校、基町高校卒業。東京大学法学部卒業、同大学院博士課程修了後、東京大学、法政大学、昭和女子大学などで政治学の講師を務めた。著書は「ハロルド・ラスキの政治学」(2019年、東大出版会)。現在、立憲民主党広島県第2区総支部長。Twitterは@AkaiOHI


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野村功次郎 KOJIRO NOMURA

1970年、広島県呉市生まれ。広島県立呉三津田高等学校卒業後、呉市消防局で23年間消防士として勤務。退職後は防災家・防災スペシャリストとして、各地で講演活動やテレビ出演、各種テレビドラマ監修を通じ、防災を市民に伝える活動を展開。現在、立憲民主党広島県第5区総支部長。Twitterは@bosaispecialist


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ライアン真由美 MAYUMI RYAN

1963年、東京都大田区生まれ。損害保険会社に新卒で入社。米国留学のため退社し、その後ハワイの企業グループで営業、労務・人事など多岐にわたる業務を経験する。帰国後は教育事業を母体とする企業で研究者・技術者向けの翻訳、通訳、英文推敲、異文化研修のフィールドで20年以上取締役として8カ国のメンバーを率いてきた。業務のかたわらワークライフバランス、労働問題、女性の活躍を推進し、2020年春退職。現在、立憲民主党広島県第3区総支部長。Twitterは@mayumiryan

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