※2022年10月15日追記

 昨年秋から見直し作業が進み、今秋には新たな自殺総合対策大綱が閣議決定されます。2003年に3万4427人とピークに達した自殺者数は、2010年以降減少に転じ、2012年以降2万台になっていますが、依然高止まりが続いています。政府もさまざまな支援策を講じるなか、現状の課題、改善に向けて必要なことは何か。NPO法人 自殺対策支援センター・ライフリンクの創設代表の清水康之さんと、長妻昭政務調査会長が話し合いました。

自殺の「危機経路」は誰にでも起こりうること

長妻議員)
 清水さんの話を聞いて、なるほどと思うのは、失業をしてからの自殺の「危機経路」は、他人事ではないです。誰でも、そういう状況になったならば、最後そうせざるを得なくうなってしまうことは、十分あり得ることだと思います。
 「危機経路」の途中で迂回するような対策が本当に必要になってきます。なぜその政策が取られないのか、その原因をお伺いしたいです。
 日本は、G7の中で自殺率が一番高い。社会の雰囲気として、行きすぎた自己責任論が広がって、権利が侵害されたといった声も出しにくいのかもしれません。事実、日本ではあまりデモが多くありません。セーフティネットにも大きなほころびがあるのではないか。清水さんがおっしゃる自殺の「危機経路」を辿って最後まで行ってしまう前に、生きる選択につながる迂回経路があればと思うのですが、それを阻害する最大の原因は、日本のどこにあるのでしょうか。

生きるための足場がない

清水さん)
 自殺の背景には、社会制度や、文化的、宗教的な問題などいろいろありますが、変え得るものを変えてきたことで自殺死亡率も低下してきているのだと思います。
 ただ、日本の自殺死亡率が依然としてG7の中で最も高いという現状は変わっておらず、その要因としては大きく2つあると思っています。1つは、生きる「促進要因」と呼ばれる、自分自身が「生きていていいんだ」「存在していていいんだ」という自己肯定感、あるいは生きる支えとなる将来の夢や、やりがいのある仕事、趣味などがどんどん削られてしまっているのではないか、ということです。
 生きるモチベーションがはっきりしている人は、挫折があってもそれを乗り越えて頑張ろうという気持ちになる。でも、そうしたものがなく、特に、周りからいじめられていたり、家庭に居場所がなかったり、周りの目、評価に怯えながらびくびくして生きている状態だったりすると、さらなる負荷がかかった時に、それを乗り越えてまで生きていこうというモチベーションをなかなか持ちづらくなると思います。
 積極的に死にたいわけではないけれど、もう生きるのをやめたい。いつも怯えながら生きているなかで、こんな目に遭うぐらいだったら、どうせいいことはないだろう。それだったら楽になりたい、もう生きるのをやめたい、となる。
 そういう、生きるための足場となるような、生きることの促進要因がなくなってきてしまっています。

政治主導で縦割り行政の解消を

清水さん)
 もう1つは、行政の縦割りの弊害が依然として残っていることです。自殺の問題は、複数の分野にまたがって問題や課題が連鎖して起きていますから、その縦割りを超えて、包括的な支援をパッケージにしなければならない。行政は与えられた枠の中で最大適宜、最大効率的に、効果的に業務をするのが役目なので、行政がその縦割りを超え始めると役割分担がバラバラになってしまいます。政治がリーダーシップを発揮して組織横断的に連携できる仕組みを作らないと、なかなか縦割りは解消されないと思います。少なくとも自殺対策においてはまだ十分に機能しているとは言い難いのが現状です。
 例えば、子どもの自殺をどこが責任を持って対処するのかと言ったときに、自殺対策全般は厚労省の担当ですが、児童・生徒の自殺というと文科省の管轄となる。ただ、親子間の不和や、その子ども自身の精神疾患など、学校問題以外の部分については管轄ではないと文科省は考えているのではないかと、私は受け止めています。
 一方で、厚労省は児童・生徒の自殺は子どもの自殺とイコールだと捉え、文科省に任せる。こうして、子どもの自殺対策をどこが担当するのかが、宙に浮いてしまっている。今度、子ども家庭庁が設置されるので、そこで責任を持ってやっていただくことに期待しています。政治的な意思決定で、子どもの命を守るために関係機関が連携して、その枠組みを作っていくことが問われていると思います。

最大のポイントは子どもの自殺対策強化

長妻議員)
 自殺対策の関係省庁である厚労省、内閣官房、警察庁、文部科学省からヒアリングをしたところ、自殺対策の担当部局が省庁横断で集まることはないとのことでした。おっしゃるように担当者レベルが集まって、すり合わせをする、かつて民主党政権時代に清水さんに主催していただいた各省担当者レベルが集まるワーキングチームが、今ちょっと途切れているのは課題ですね。
 政府も、自殺の促進要因、生きることの阻害要因として、過労、生活困窮、育児や介護疲れ、いじめ・孤立等は認めています。こうした問題は、省庁にまたがっています。政府には横断的に連携し、自殺対策のみならず根本的な問題も深堀りしていってほしいと思います。
 今年は自殺総合対策大綱が5年ぶりに見直しされますが、どのように変わるのでしょうか。(※「自殺総合対策大綱~誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して~」2022年10月14日閣議決定

清水さん)
 8月下旬頃からパブコメ版が公表されていますが、その見直し案のポイントの1つは、子どもの自殺対策の強化です。
 しかしながら、子どもの自殺対策を誰が担っていくのか、どこの部署がやっていくのかが、今の大綱の見直し案ではまだ明確になっていません。子ども家庭庁との連携が謳われたので、それを踏まえて協議していただき、子ども家庭庁が担当することになればいいなと思っていますが、子ども家庭庁の位置づけが不足しているように思います。
 今回、文科省が子どもの自殺の分析をしていくと初めて謳われました。問題を解決するためには、実態を把握し分析することが重要ですが、子どもの自殺は警察の統計でも、十分明らかにはできません。児童・生徒が自殺で亡くなった場合に上がってくる報告について、学校が把握している情報を文科省がしっかりと吸い上げて分析することは、極めて重要だと思います。
 また、5年前の大綱のときにはなかった、SNSを活用した相談や、タブレット、パソコンなどを活用した自殺対策事業が新たに入っているのも特徴です。
 私たちライフリンクが長野県、日本財団と連携して設立した、「子どもの自殺危機対応チーム」(2019年10月~)の取り組みの全国展開についても、新たに大綱に入りました。このチームは、県主催で県や教育委員会の職員だけでなく、弁護士、精神科医、心理師、精神保健福祉士、インターネットの専門家、私たちのような自殺対策のNPOなどのメンバーにより構成され、学校からの要請に応じて危機介入支援を行うものです。学校と地域が連携し、学校は専門家の助言や直接支援を受けることができ、また緊急的に保護入院が必要な場合にはチームが病院との調整をする。安心して生徒を支援することができると先生からも非常に好評で、子どもの自殺危機対応チーム的なものを各地域に作っていくことが謳われたのは非常に大きいと思います。

子どもが暮らす環境改善のための支援を

長妻議員)
 文科省では小・中学校で必ず一定の時間自殺対策に資する教育をしていると聞いていますが、保護者に対する教育と言いますか、説明、啓蒙といった取り組みはどうでしょうか。

清水さん)
 子どもの自殺対策教育としては、2016年の自殺対策基本法の改正を踏まえてSOSの出し方についての教育がようやく始まり、これが徐々に広がっています。
 保護者に対する取り組みとしては2つあり、1つは保護者を巻き込んでの子どもを支える体制、チームを作っていくという意味でのアプローチです。最近は学校と家庭のつながりが薄くなっているところもあり、学校と保護者だけでなく、例えば地域の保健師さんなど第三者的な方にチームに加わってもらい子どもを支援していく。保護者をどう巻き込んでいくかと同時に、巻き込むためには保護者の理解が必要です。
 大綱のパブコメ版にも入っている精神疾患に関する教育については、今年度から高校での精神疾患に関する授業が再開されました。ただ、精神疾患の発症の平均年齢は14歳くらいと言われていますから、高校では遅いんです。小学校高学年、あるいは中学校ぐらいからしっかりやっていかなければいけないと、思っています。保護者の理解も重要で、きちんと伝えるために保護者が多く集まる入学式で説明した学校もあると言います。精神疾患や自殺リスクを理解することは命を守ることにつながるわけですから、そういうことをしっかり伝えていく。保護者を巻き込む仕組みが必要です。
 もう1つの課題は、保護者が自殺リスクの要因になっている部分もないわけではないということです。その場合は、むしろ保護者も支援対象になる。しっかりと見極めた上で、子どもと、家庭をどう支援するかということです。そこを見誤って保護者をチームに加えてしまうと、保護者が子どもを追い詰めることにもなりかねません。今は保護者も孤立しながら子育てをしている家庭が少なくないわけですから。子どもを守るためには、子どもが暮らす環境の改善が必要で、学校だけでなく地域の専門家である保健師や民生委員に入ってもらい、子育てを孤立させずに地域でしっかりと支えていく仕組みを作ること。保護者支援を通じて子どもへの支援につながっていくのだろうと思います。

「異常事態」に取組む決意が必要

長妻議員)
 コロナ禍が3年近く続き、特に女性や子ども、若年層の自殺が増えているなか、政府もいろいろな対策のメニューを作っています。現状をさらに改善していくために、今の対策で最も抜けているところはどういうところだと考えますか。

清水さん)
 最大のポイントは、優先順位だと思います。自殺対策について国会、あるいは政府の中で議論される時間は極めて限られています。その一方で、経済対策をはじめ、他の施策には膨大な時間が費やされるわけです。経済は生活を支えるための基盤ですのでもちろん大事ですが、毎日約58人が自殺で亡くなっている。これはもう異常事態としか言いようがありません。にもかかわらず、それが続いていくうちになんとなく慣れてしまい、当たり前のような状況になっているのではないか。かつて毎年3万人を超えていた自殺者が2万人前半になり、年間で見ると約1万人も減っているではないかと思われがちですが、減っているのではなく、増えるペースが少し遅くなっただけです。この状況を社会として、あるいは政府として、国会としてどう捉えるのか。この異常事態に対し、優先的に取り組む決意、覚悟が一番足りないのではないかと思います。

長妻議員)
 本当に今おっしゃるように、異常事態だという認識を私たちも持たないといけない。お話にあった、自殺までの「危機経路」の途中で、死ではなく、生きる方向に迂回していただくために、ご本人が声を上げる、声を上げられる環境を作る、あるいは周りが、行政が見つけられる仕組みを作る。根本は、過労死や生活困窮、孤独死、育児や介護疲れ、いじめといったさまざまな社会課題を政策的に改善していくこと。そして、行き過ぎた自己責任論ではなく、声を上げやすい、的確な相談体制を作ることだと思います。でも声を上げられない、上げようとしない方々に対する対応、きめ細やかな目くばりが必要ですし、清水さんなどの活動も本当にありがたいと思っています。われわれも総合的に、「危機経路」の途中で生きる方向に歩みを進めるための対策を取っていきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。