「親の収入格差のせいで教育格差が生じてはならない」との思いから、経済的に困難な子どもたちが無理なく進学できるよう、子どもの貧困問題解決に向けた活動を広げる、NPO法人キッズドア理事長の渡辺由美子さん。コロナ禍で困窮子育て世帯がますます厳しい状況に置かれるなか、いま政治に求められることは何か、話を聞きました。

渡辺由美子さん 特定非営利活動法人キッズドア理事長、内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員。厚生労働省社会保障審議会・生活困窮者自立支援及び生活保護部会委員。内閣府子供の未来応援国民運動発起人、全国子どもの貧困・教育支援団体連絡協議会副代表

オープンキャンパスに行くための数千円がない

 「頑張ればいいとか、努力すればどうにかなると言いますが、まったくお金がない人は努力のしようがない。そこはやっぱり支えてあげないとどうしようもないんです。努力ができないレベルの困窮の人たちがたくさんいるということ。根性論だけではなく、もう少し理性的に、何をすることが子どもを支えるのかを考えた方がいい」。
 困窮世帯の声を代弁するべく、強く訴えた渡辺由美子さん。10月27日、立憲民主党の会議で「コロナ災害の最大の被災者である困窮子育て世帯の現状と人生の岐路に立つ高校生への緊急支援の必要性」と題した講演で、その困窮は「ごはんが食べられない」「新入学の子どもに文房具も買ってあげられなかった」といったレベルの困窮度だと指摘。「大学に行くためのお金がないという、何百万円、何十万円といった単位のお金がないのではなく、オープンキャンパスに行くための往復の交通費の何千円がないとか、どうしても数学だけ参考書を買いたいけれど、その2千円がないとか、そういうレベルの『お金がない』なんです。自助ではどうしようもない。とにかく困窮の子育て家庭をいち早く救ってほしい」と求めた。

子ども・若者・子育て世帯への再配分が極端に少ない日本

 日本では、「子どもの貧困」という課題自体が新しく、子どもの貧困率を初めて公表したのは民主党政権時の2009年。2010年、児童扶養手当が母子家庭のみから父子家庭も対象となり、2013年には子どもの貧困対策を総合的に推進するため、13年6月に「子どの貧困対策の推進に関する法律」が制定され、貧困のひとり親家庭のための児童扶養手当の20年ぶりの引き上げにもつながった。
 にもかかわらず、それを上回る早さで格差は拡大。いろいろな措置を講じても追いつかず、貧困率はほぼ変わっていない。そうしたところにコロナ禍が直撃、唐突な全国一斉休校や、親の収入減少などにより、「1日1食」「仕事が見つからず今月の収入はゼロ」「子どもを大学に行かせられるのか不安」(同NPOが5月時点で「仕事がない」状況の子育て家庭に、9月1日に状況を聞き取り)など、コロナ前からギリギリで生活していた家庭が本当に大変な状況にあるという。
 渡辺さんは、日本の子どもの貧困問題の背景にあるのは、子育て世帯への所得再配分の低さであり、「『親が頑張って育てなさい』という風潮になっているので、『頑張れない』と思う人は生まなくなり、結果として子どもはどんどん減少している」と指摘。加えて、「子どもは親が育てるもの」という意識が強いことが、子育て世帯への支援に対する理解が広がらないと分析する。

「子どもは未来だ」は、きれいごとではなく、リアル

 「社会保障を支えるのは働き手ですから、働ける人を育てるためには、子ども一人ひとりがすごく大事なんです。『この家は貧困家庭、ひとり親家庭だから勉強できなくても、大学に進学できなくてもしょうがない』とか、『(子どもが)おなかをすかせていてもしょうがない』といって、飢えている子どもを放置することにより、さらに社会の支え手が減るということをしみじみと考えなければいけない。子どもがいない方たちも年金を受けるし、医療にもかかるわけで、その社会保障を支えてくれるのは子どもです。
 『子どもは未来だ』というのは、きれいごとではなく、リアル。いまの高校3年生を救うかどうかということ。その子どもが将来3億円、4億円と稼ぐ人になるのか、生涯年収が5千万円の人になるのか、生活保護の人になるかは大きな違いです。子どもにだけ手当をしてどうなのか、といった近視眼的な姿勢で見るのではなく、そこをぜい弱にしておいたら絶対に社会がもたないということ。政治は、近未来図をどう見せるかが重要かもしれません。どんな状況にある子どもも、いま救うことが将来にとっても、日本のためにもいいことだという理解を共有することが重要だと思います」

困窮子育て世帯への支援、第一は現金給付

 コロナ禍で困窮子育て世帯が厳しい状況に置かれるなか、政府の経済対策、例えばGo Toトラベルキャンペーンを利用できる方たちというのは、ごく一部に限られているとして、全体のバランス、公平性の観点からも困窮層への支援は必要だと主張する渡辺さん。
 「お金がなくて満足にごはんも食べられない、本当はこの模擬試験を受けたいけれどあきらめる、といった思いをしている子どもたちが、『Go Toキャンペーンに行きましょう』『1泊何万円安くなりますよ』『クーポンでいくら安くなりますよ』というニュースが流れることをどう感じているのかと思う。
 困窮子育て世帯への支援として、1番コスト効率がいいのは現金給付。貧困な人たちに渡せば絶対に使いますから、経済対策としても100%回る。現金支給をすることで安心して生活ができる、家を追い出される不安がないなかで勉強できる環境を作ってほしい。
 子どもにお金を配ると言うと、必ず社会からのバッシングとして『あんなだらしのない家に配っても親が酒飲んじゃう』とか『パチンコにお金を使っちゃうから現金を渡すのはダメだ』と批判が出る。たしかに、ごく一部の親はそういうこともあるかもしれませんが、一方で政府はGo Toキャンペーンを掲げ、税金で酒を飲み、旅行をし、ぜいたくすることを推奨しているわけです。同じ税金なのだから、特定の層だけでなく広く支援が届くよう使ってほしい」

お金がないから死ぬというのは絶対にやめて

 日本では、生活保護制度利用者をはじめとする生活困窮者に対する差別やバッシングが蔓延し、困窮者が困っていても社会や国に助けを求めにくい、声を上げにくい状況にある。とはいえ、実際日々の生活に困っている状況であることから、(食料支援の活動は行っていないにもかかわらず)渡辺さんのもとには「どうすれば食品を送ってもらえますか」といったメールが突然届くことがあるという。「どこか助けてくれるところがないかと必死に探している状況なんですよね。ただ、声を上げると叩かれるかもしれないから、そこを抑えているという、すごくかわいそうな状況にあると思います」と話す。
 困っている人が助けを求められない状況をどう改めていけばいいのか。渡辺さんは、憲法25条にある「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」を引き、これが保障されていないのであれば「困っているんです」と言うことが大事だと訴える。「いくら探しても仕事が見つからなければ、今の制度でいくと生活保護を受けるしかない。生活保護を受けることを恥ずかしがったり、嫌だというのではなく、自分の権利としてそれを受け、生活を立て直すことが大事だと思います。いま自殺者が増えているのはすごく心配ですし、お金がないから死ぬというのは絶対にやめてほしい。お金がなければ、『お金がないけれど、どうしよう』とぜひ相談してほしい」と、いま困っている人たちへと呼びかけた。

税金の使い道にもう少し意識を持つことが大事

 「真面目に頑張ってきた高校生が、コロナのために人生を狂わすことはあってはならない」。このままいくと、大量の高卒氷河期世代が生まれると警鐘を鳴らす渡辺さん。
 労働者福祉中央協議会(中央労福協)「奨学金に関するアンケート調査結果」(2015年7~8月実施)によると、34歳以下では2人に1人が奨学金を利用、借入総額は平均312.9万円、返還期間は平均で14.1年。奨学金を借りた学生は、卒業後その返還の負担が生活を圧迫し、将来の生活設計の見通しが立ちにくく、結婚や出産にも影響する。超少子化の日本で将来の支え手を育てることは、最も重要な課題だ。
 菅政権が少子化対策の柱として「不妊治療の保険適用拡大」を掲げるが、渡辺さんは「若い人は、『妊娠しても妊婦検診の費用が払えないから無理』と言っている」と話し、まずは妊婦健診を保険適用にした方がいいと提案する。「声が大きいところに行ってしまうのかもしれませんが、バランスが悪い。そうした意味でも、国民が税金の使い道にもう少し意識を持つこと、選挙に行くことはすごく大事だと思います」と締めくくった。

新型コロナウイルス合同対策本部総会で講演する渡辺さん(2020年10月27日)

コロナ禍の生活困窮者についてヒアリング 新型コロナ合同対策本部総会
https://cdp-japan.jp/news/20201027_0141