コロナ禍で立場の弱い女性たちが生活困窮に追い込まれているなか、いま求められる社会保障とは何なのか。自助を強調する菅政権に対し、支え合いの政治を掲げる立憲民主党としてどう取り組んでいくのか。通常国会で審議される法案への対応を含め、東京大学名誉教授の大沢真理さんと党社会保障調査会会長でジェンダー平等推進本部顧問の西村智奈美衆院議員が話し合いました。
低所得層ほど負担が大きい社会保険料
西村)今国会では、健康保険法と医療法の改正が審議されます。後期高齢者(75歳以上、現役並み所得者は除く)で課税所得が28万円以上及び年収200万円以上(単身世帯、複数世帯は後期高齢者の年収合計が320万円以上)の者は医療費の自己負担割合を1割から2割に引き上げるというものですが、コロナ禍で先行き不透明であり診療抑制が起きた現時点では、これは容認できないとの考えを党として昨年末にまとめました。日本の税、あるいは保険料の負担、給付のあり方をトータルで見るとバランスが悪いように思いますが、いかがでしょうか。
大沢)日本の歳入、国民からみれば負担のあり方を見ますと、大きく言って個人所得課税と、法人所得課税、そして社会保険料。他の種別といえば、消費課税、資産課税もありますが、日本の歳入の最大の特徴の1つは、個人所得課税が非常に軽い、低いことです。
日本の個人所得課税の規模のピークは1990年代初年で、対GDP比で一番高かった時期です。それから基本的にどんどん下がり、今や主要国の中で最も軽い国になっています。個人所得課税の中でも国税の所得税はほぼ唯一累進的といっていい制度ですから、その税負担が軽くなるということは、歳入全体としての累進度が非常に低くなるということです。
かたや法人所得課税を見ますと、かつてはG7諸国のなかでは対GDP比で高かったのですが、経済界、保守政党の声に押されて法人税減税が繰り返され、今ではG7諸国の平均的な規模になっています。
こうした背景のなか、うなぎのぼりに高くなったのが社会保険料負担です。雇用者の社会保険料には、ある程度以上の収入には社会保険料を課さないという「標準報酬最高限」があり、高収入者にとって総収入に対する負担率が低くなる。他方で、基礎年金第1号被保険者や国民健康保険では、定額保険料での部分があり、低収入者にとって重い負担となる。所得税も法人税も取らないというなかで、日本の歳入では社会保障負担と消費課税への依存が高まり、歳入全体としての累進度が低下した。つまり低所得者に冷たい歳入構造になっています。
ミクロのレベルで見ると、片稼ぎの専業主婦世帯は、同じ収入のシングルマザーよりも一貫して負担が軽いという、かなりグロテスクなことになっています。
西村)おっしゃる通り、負担が性中立的でないこと、累進性があまり効いていないという点は、私たちも大きな問題だと思っています。調査会のなかでも、給付のあり方を議論する前に、まずは負担構造のあり方を見直す必要があるのではないか、そのための制度変更をこれから提言していきたいと思っています。
大沢)標準報酬最高限を引き上げると、年金が非常に高額になる人が出てくるという議論があります。しかし、年金数理的に、拠出したものに見合う給付ということで何ら優遇しているわけではないのですから、拠出に見合った給付を出せばいい。その代わり、公的年金等控除や、高齢者の所得課税のあり方にもう少しバネを効かせて累進性を強化することがあっていいいと思います。
年金が高くなりがちな人は、70歳、80歳ぐらいまで勤労収入もある場合が少なくないでしょう。総合的に課税をすれば問題ないと思います。
保健師の非正規雇用の見直しを
西村)今回の感染症法改正により、濃厚接触者が誰かを追跡する保健所の「積極的疫学調査」に応じなかった感染者等に新たな罰則を設けることになりました。これまで患者さんに寄り添い、入院や転院先、PCR検査を受けられる医療機関を探す調整業務を担ってきた自治体、保健所が、取り締りも行うということで、本当にうまくいくのかという懸念があります。
いずれにしても、ひっ迫している保健所の体制がこのままでいいわけがない。政府は、新年度予算で、新型感染症拡大を受け、保健所で対応業務に当たる保健師を2021、22年度の2年間で、約900人増員(現行の約1800人から21年度に約2250人、22年度には1.5倍の約2700人へ)するための必要経費に地方交付税を充てる方針を示していますが、それ以外の大きな見直しは聞こえてきません。
大沢)保健所法が地域保健法に改正されたのが1994年度、その全面施行が97年度で、それ以降保健所の数自体が4割減っています。加えて、マスメディアではあまり指摘されませんが、89年から2016年までの間に保健所の職員数の総数が、3万4680人から2万8159人へと約6500人減少しました。そのなかで薬剤師と獣医師、特に薬剤師は3600人増えているので、他の職種はもっと強烈に減らされているわけです。
いっぽう保健師は、数だけの推移を見ると減ってはいない。しかしその背後で進行したのが保健師の非正規雇用化です。保健師の97%超は女性ですが、男性保健師もいる。そこで保健所保健師の非正規比率を男女別にとると、女性の保健師の非正規比率は2010年に9.4%程度だったのが2018年には12.7%です。少ない男性保健師の非正規比率は、この間5%前後で変化していません(厚労省衛生行政報告例、各年版)。
こうした非正規の保健師の待遇について、たとえば公契約条例を結んでいる自治体では、請負・業務委託・指定管理などで自治体の事業を受託した業者が雇用者に支払う賃金の下限額(※1)を定めるので、調べてみました。入手できた2020年3月の千代田区の資料を確認すると、なんと非正規の保健師さんの時給は1470円ほど。1470円ですよ。一方で塗装工や溶接工の時給は3100円、3300円と、倍どころではない。2.5倍です。おそらく(溶接工・塗装工などは)有害危険業務に当たるであるためだと思いますが、保健師としての資格は看護師国家試験に合格したうえで1年以上の養成課程をへて保健師国家試験に合格して初めて与えられるものです。溶接工や塗装工の方に比べて熟練度が低いとは言えません。大規模感染症のリスクも絶えずある。5年、10年おきに感染症が暴発することを考えれば、保健師さんは押しも押されもせぬ有害危険業務であって、それを1470円の時給で働かせるというのは、いったいどういうことなのかと思います。ちなみに警備員は1360円です。
もう1つ重要な点は、公契約条例を制定している自治体は、賃金が低くなりすぎないように下限を規制している団体であって、働く人の側から見れば「ましな」自治体ですが、2019年4月現在で全国に23しかありません。
ですから、今回保健師を増やすということであれば、ぜひとも正規で増やしていただきたい。
人を雇うことをケチる政府
西村)厚労省は保健所の機能強化を目的とした予算を組んでいますが、予算書に挙がっている項目はシステムです。システムの導入や変更などによって、保健所の機能を強化し、人はそれほど増やさなくてもといいと考えているように思います。
大沢)いつもながらというか、ここでもAIの活用、ITを導入すれば効率化できる、人を増やさなくてもできるということなのかも知れません。全世代型社会保障検討会議の医療・保険の分野でもそういう書きぶりになっています。「人を雇って職を保障することをこんなにケチってどうするの」ということがあらゆる側面について言えますね。
西村)本当にこれだけの感染拡大の中で時給1470円で軽症の人から重症の人まで対応していると考えると、本当にこの国はどうなっているのだろうと思いますね。私たちは法案の修正協議のなかでも十分な補償と、PCR検査など検査と医療の体制強化を求めました。新年度予算案の組み替え動議も生活を守ることを基本に考えていきます。
大沢)これから強化すると言いますが、民主党政権時の「新型インフルエンザ(A/H1N1)対策統括会議」が2010年に提出した報告書では、地方衛生研究所についてPCR検査体制の強化が明記(※1)されていたにもかかわらず、これまで実施されてこなかった。田村厚労大臣は、就任前、2020年6月のマスコミインタビューでは「放置」を反省していると発言されていましたが、当時厚労大臣だった加藤勝信さん(現・官房長官)は「対応が遅れた」とおっしゃった。私はもう、腰が抜けそうになりました。「10年遅れていることを『対応が遅れた』という言葉だけで済ますの」と思いましたね。
当時もPCR検査の強化・拡充に反対する人は、対策統括会議の委員の中にもいて(笑)、その方は現在専門家委員会、対策分科会のメンバーでもあり、なおかつ内閣官房参与でもあります。「検査をしたって感染者が増えるだけだ」といった、世界中で日本の有識者の一部しか言わないようなことをいまだに言っている人がいる。そこは何とかしてほしいです。すでに変異株が入ってきていますから、今まで採取した検体を全て調べ直す必要があるわけです。そうなったら、プール方式(※2)で検査をしない限り、国立感染症研究所はパンクでしょう。
そもそも、新型コロナに関しては無症状の間に感染させるのが特徴です。だからこそ、無症状でも濃厚と言わないまでの接触など、本人に少しでも心当たりがある人が申し出たら、すぐに検査を受けられるようにしないともうだめですよ。
検査を受けてOKとなれば、それも定期的に繰り返し検査を受けなければなりませんが、そうしたら別に飲食店を閉める必要はなく、旅行にも行っていただいて結構だし、銀座のクラブをはしごしていただいても結構。経済は縮まなくて済むわけです。もしGoToを万が一でも年度内に再開するのであれば、GoToキャンペーン利用者には全員検査を受けていただく。GoTo関連予算のなかに検査代を盛り込んだらいいのではないでしょうか。
西村)なるほど。それも含めての1.1兆円にすればいいですね。立憲民主党は、エッセンシャルワーカーを中心に定期的なPCR検査を求めていますが、プール方式を含めてPCR検査の拡充など、無症状の方を含めた感染者の早期把握と確実な隔離で感染拡大を防ぐことが大事だと訴えています。
※1 「サーベイランス」の項目の提言のなかに「各国のサーベイランスの仕組みを参考にしつつ、地方自治体の意見も聞きながら、国立感染症研究所、保健所、地方衛生研究所も含めた日常からのサーベイランス体制を強化すべきである。とりわけ、地方衛生研究所のPCRを含めた検査体制などについて強化するとともに、地方衛生研究所の法的位置づけについて検討が必要である」とある。(新型インフルエンザ対策総括会議報告書2010年6月)
※2 現在の検査は、1検体を1本の試験官に入れて行っているが、プール方式では複数の人から採取した検体を、1本の試験官にまとめて混ぜ、陰性か陽性かを判断する手法。陰性なら全員が陰性と判断でき、陽性の場合は1人分ずつ個別に再検査など行い、陽性の人を割り出す。検査時間・費用が効率化されることが長所。
児童手当は子どもを支援するもの
西村)政府は2月2日、一部の高所得世帯の児童手当を廃止する児童手当関連改正案を閣議決定しました。2022年10月支給分から対象を絞り、夫婦のうち高い方の年収が1200万円以上の場合は支給をやめ、年間370億円程度の財源を捻出、これを待機児童解消に向けた保育所整備に充てるというものです。私たち立憲民主党は、社会全体で子どもの育ちを支える観点から、世帯の年収にかかわらず、すべての子どもに対して児童手当を給付するべきだと考えています。子ども・子育て支援策として、これはやるべきというものがあればお聞かせください。
大沢)まず、日本の児童手当の金額はそもそも低すぎます。1人1カ月1万円で、第3子以降だと少し増えますが、いずれにしても低すぎる。収入にかかわらず定額を支給する制度は、低所得者に対する恩恵が厚くなりますが、この程度の額では貧困を緩和する効果はほとんどありません。
加えて、税・社会保険料負担では、シングルマザーは専業主婦世帯と同じ収入であるにもかかわらず負担が重くなってしまっているので、この是正も必要です。例えばデンマークは、シングルマザー、シングルファーザーというだけで、児童手当の額が自動的に約2.5倍になる。そして、収入が高くなると専業主婦世帯と揃ってくる。こうした仕組みを考えるのは1つの手段だと思います。
OECD諸国のなかで日本のように、児童手当の支給に親の所得による制限を付けている国は本当に少数です。児童手当は、親ではなく、子どもを支援するものですから、子どもは、子役タレントでもない限りは収入がない。全ての子どもが育つための費用を社会が補てんをする、サポートするというのが当たり前の考え方です。
お金持ちのなかに「俺はいらないよ」「俺になんか配るのは無駄」と言う人が必ずいるのですが、そういう方には後から税金でがっぽりいただきましょう。年金が高くなった人、勤労収入があった人については、税金で払っていただく。高収入の方には、児童手当はもらってください、でも税金は払っていただきます、ということでいいと思います。
ベーシックサービスの充実を
大沢)立憲民主党としてベーシックサービスを打ち出すという話ですが、具体的にどういうサービスメニューがあるのでしょうか。
西村)いくつか案はありますが、1つは住居手当。公営住宅を新たに作るという、政府の公営住宅政策ではなく、福祉政策として民間の空き家などに対する補助金を出すようなことを考えています。
これからの検討課題としては、1つは学校給食費の無償化。また、社会保険料のとりわけ後期高齢者医療制度については、窓口負担ではなく保険料負担の上限を見直すことでどうかと、今、試算をしているところです。
大沢)窓口負担、つまり患者負担を増やす方向は、OECD諸国の保健医療政策を見ても、日本とイタリアだけです。そういうやり方は、どうしても低所得者の負担が重くなるので、保険料をきちんと取った上で、窓口負担は別にするのが合理的な政策ではないかと思います。
住宅給付も、実現できれば良いサービスだと思います。住宅ローン減税を少し縮小するだけで住宅給付の財源はできますから。大事なことは、住宅の質と、民間住宅の家賃についてはきちんと規制をすること。そうしないと、悪い住宅、劣悪な住宅に高い家賃を設定し、住宅給付で埋め合わせしようとする大家さんも出てこないとも限りません。
いくつかの調査から、新型ウイルス感染者は人口の1%程度と推測できます。無症状者を含めて検査を拡充し、1%の陽性者を隔離・治療すれば、99%の陰性者が経済活動であれ文化活動であれ、自粛する必要はありません。短期的に、科学的合理性をもつコロナ対策こそが最も有効な経済対策であり、中長期的にも貧困・格差を是正することが、経済と社会を丈夫なものにします。立憲民主党はその方向を目指しており、ぜひ頑張っていただきたいと思います。
西村)本日はどうもありがとうございました。