高市政権の方針が「働き方改革に逆行するのでは」との懸念が広がっています。株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵さんと高橋永衆院議員という同い年の2人が、新卒以来約25年間の働き方を振り返りながら、これからの改革の方向を語り合いました。(取材日:10月27日)

支える側を増やす社会へ

高橋議員)
 社会の価値観が変わる中で、長時間労働やパワハラ、セクハラへの問題意識の広まりなど、少しずつ職場環境も変わってきたと感じています。
 今日は、働き方改革やワークライフバランスの「次のステージ」について考えたいと思います。その定義をどう捉えるべきでしょうか。

小室さん)
 ワークライフバランスというと「育児中の人に優しい制度」や「個人の幸せ」の事だと捉えられがちですが、実は「人口減少フェーズにある国の生き残り戦略」なんです。日本は1990年代に「人口ボーナス期」を終え、働き手が減る「人口オーナス期」に入りました。にもかかわらず、働き方改革や少子化対策を本気で進めなかった結果、支える側の現役世代の負担が重くなり、国全体の再生が難しくなっています。「長時間働ける男性」だけで社会を支えることが限界を迎えているからです。企業におけるスタンダードな労働時間を今よりぐっと短時間に変えていくことで、結果として多様な働き方の人が労働市場で活躍できるようになる。誰もが「支える側」に回れる環境を整える「働き方改革」こそが、最も力を入れるべき政策です。
 日本より早く少子化に直面した欧米先進諸国では、早くから仕事と家庭の両立支援を進め、男女ともに柔軟な働き方を選べる制度を導入した結果、日本の男性に比べて1日当たり平均で約2時間短い労働時間ですので、育児との両立がしやすく、子どもを産み育てやすくなっています。一方、日本は長時間労働を是正しないまま少子化が進み、人口減少が加速しました。ただし、2019年の「働き方改革関連法」施行以降は、専業主婦やシニア層など新たな層が労働市場に戻り、成果が出始めています。

時間外割増率「1.25倍」では変わらない

高橋議員)
 高市総理が「ワークライフバランスを捨てる」旨を発言し、労働時間規制の緩和を指示したことで働く人たちに懸念が広がっています。

小室さん)
 本当にもったいない方向転換だと思います。一部のエコノミストが「日本は一人あたりの労働時間が短くなったことでGDPが減少した」と分析し、あたかも労働時間を延ばせば再びGDPがあがるかのようなミスリードをしています。しかし日本の一人当たり労働時間が短くなったのは、人口構造の変化によるものであって働き方改革のせいでも日本人が怠けるようになったせいでもありません。高齢労働者の比率が増え、非正規雇用の割合が増えた結果であり、フルタイム雇用の男性の労働時間は全く減少していないことがわかっています。
 むしろ実は、働き方改革以降に、企業の働き方が変化したことで育児女性や介護との両立者が、再び労働市場に参画できるようになり、労働力人口は過去最多になっていたのです。せっかく社会に戻ってきた女性や高齢者を再び排除してしまうことは大きな損失です。日本は既に上限を撤廃して増やせる労働力よりも、労働時間を短くしてあらたに確保できる労働力の方が大きい国なのです。
 この10年でようやく労働力人口の底が見え、本来ならAIの進展とともに「少ない人数で豊かに働ける社会」へ移行する段階でした。ところが今、一部業界からのバックラッシュ(反動)が起きています。運輸・建設・医療などは2019年の法改正が5年猶予された結果、改革が遅れ、若者が業界を敬遠するようになりました。結果として人手不足感が強まっているのは、実は改革を先送りした業界自身の構造的な問題です。

高橋議員)
 なるほど。改革を進めた企業ほど、逆に人が集まっている印象がありますね。

小室さん)
 そうなんです。いま必要なのは、制度そのものの見直しです。日本の時間外割増率は1.25倍ですが、欧米では1.5倍以上が一般的です。この差が企業の行動を分けています。1.25倍では「残業させた方が安い」構造が固定化され、経営的にもブラック体質を助長してしまう。制度が「残業天国」をつくってしまっています。
 制度見直しの動きが始まっているなか、今年10月に高知県が県職員の残業代を1.5倍にする条例を全国で初めて可決しました。管理職に「残業を出すことは県民の税金を浪費することだ」という意識が生まれ、働き方の見直しが本格的に始まっています。私たちの会社も県と協定を結び、労働時間削減の無償コンサルティングを実施しています。地方から少子化と人手不足を本気で解決しようとする変革が起きています。

高橋議員)
 行政は競争原理が働かない分、思い切った実験ができるのが強みですね。

小室さん)
 まさにその通りです。高知県の濵田省司(はまだ・せいじ)知事は「全国に広げるために、まずうちがやらなければ」と発言されています。行政が先に見本を示すことが、社会全体の転換点になります。

問われる女性のリーダー像

高橋議員)
 女性総理の誕生は喜ばしいものの、結局男性社会の価値観に合わせて働き、ワークライフバランスを犠牲にすることにならないか。本当に多様な価値観が意思決定の場に入ったのか、疑問が残ります。

小室さん)
 民間企業で20年くらい前に、初代女性役員が誕生した頃に起きていたことが今政治の世界に起きていると感じます。実際はパートナーの介護経験がありながらも、それを「全部捨てます」と言わないと男性社会で認められない構造があるわけです。

高橋議員)
 なるほど。そう考えると、それも1つのステップなのかなという気もします。

小室さん)
 そう見えるかもしれませんが、実際にはその「スーパーウーマン」が登用されたことで、後輩女性たちは100メートル後ろに下がった。企業は「女性の意識が低い」と言って研修を始めましたが、彼女たちは「管理職になりたくない」のではなく、「今の管理職のようにはなりたくない」と言っていた。問題は女性ではなく、ロールモデルの不在と組織の構造です。男性役員も含めた働き方から変え、ワークライフバランスを捨てなくても職責を果たせる構造を作った企業だけが、指導的立場の女性比率を伸ばしています。「一人でもなったから良い」ではなく、「その人がどんなリーダー像を示すか」は重要です。

変える企業の後押しを

小室さん)
 私自身も起業して20年、常に「時間制約付き社長」として働いてきました。育児や介護、家族の病気などで、長時間働けない時期が続きましたが、その中でもどうすれば短時間で成果を出せるかを追い続けてきました。だからこそ、社会の構造が変わらなければ、多くの人が「支える側」に回れない現実を痛感します。
 私の会社では残業ゼロと有給消化100%を徹底し、さらに年56日の休暇を15分単位で自由に取得できる制度を導入しています。不妊治療や介護、通院など、人生のさまざまな事情に合わせて働ける仕組みです。全員の働き方がフェアに同じ時間の中で高い成果を得ようという風になっていると、自分の労働時間が短いことを言い訳にする必要もない。時間の制約があっても、チームで成果を出す文化があれば、個人の状況を理由にキャリアを諦める必要はありません。

高橋議員)
 制度を整えるだけでなく、成果をチームで支えるという文化づくりが大事なんですね。

小室さん)
 はい。法改正で企業の動きが大きく変わることも実感しています。建設業界では2024年の上限規制に向けて、AIや分業化の導入が進みました。リミットがあるからこそ、企業は本気で動く。「変えない企業を守る」のではなく「変える企業を後押しする」政策に転換することが、次のステージに必要だと思います。

氷河期世代の就職と価値観

高橋議員)
 就職氷河期世代の私たちは、同じような経験をしてきたと思います。小室さんが社会人としてスタートした頃、就職状況はどうでしたか。

小室さん)
 私は1998年卒ですが、41社受けて40社落ちるという、なかなかそこまで落ちないのではないかという経験をしました。第1志望の業界は全滅、第2志望で受けた資生堂に内定をもらいました。ほとんどの企業で最終面接まで進むのに、そこで落とされる。現場の評価は高いのに、最終面接は全員男性役員で「こんなに元気な女性を入れたら社内が乱れる」と思われたようです。資生堂だけが最終面接に女性が半分いて、その方が私に花丸をつけてくれたおかげで入社できました。最終意思決定者に多様性がないと、女性は本当に不利だと痛感しました。

高橋議員)
 女性の社会進出について、海外と比べてどう感じますか。

小室さん)
 小学生の頃から違和感がありました。男女とも「頑張れ」と言われるけれど、女子だけトンネルの先が閉じているように感じたんです。テレビでも政治でも男性ばかり。強く話す女性は嫌われ役で登場し「女性は頑張ると嫌われる」というメッセージを受け取ってしまう。好かれるのは子育てをする母親だけ。じゃあ勉強している意味は?と悩み、暗黒期が長く続きました。
 大学3年の時、猪口邦子さんの講演を聞いて「もう一度頑張ろう」と思えた。勢いでアメリカに1年放浪の旅に出て、ようやく息を吹き返しました。今でも、幼い頃から抱いていた疑問は鮮明に覚えています。

短時間で成果を出す働き方に

高橋議員)
 就職氷河期に新卒で働き始めた約25年前と現在とでは、社会全体の価値観が変わってきました。あらためて理想のワークライフバランスとは、どんな社会だと考えられますか。

小室さん)
 「長時間働いた人が評価される社会」から「短い時間で成果を出すチームが評価される社会」への転換です。仕事を個人に抱え込ませず、情報をチームで共有する。感染症や震災等も想定される中で、誰が休んでも仕事が回る仕組みをつくることが、戦略的なワークライフバランスです。AIやデジタル技術を活用して、短時間でも高い付加価値を生み出す働き方に転換することが、これからの働き方改革の本質だと思います。
 今、一人ひとりが苦しくなっているのは、日本社会全体の支える側と支えられる側の人口バランスが崩れているからです。働き方改革とは「支える側を増やす」ことです。誰もが家庭責任を果たしながら働き続けられる社会をつくれば、今の労働力も、未来の労働力も確保できます。政治も企業も、一人ひとりの時間をどう尊重するかを軸に考え直すときに来ています。
 「人間の脳は、起きてから13時間しか集中力が持たない」「現役時代に6時間以下の睡眠を続けた人は、定年後に認知症になるリスクが1.3倍になる」というデータがあります。人生100年時代を健康に生き抜くためには、現役時代の睡眠を削らないことがとても大切です。
 睡眠不足の上司ほど部下に侮辱的な言葉を使う、という研究結果があります。1日7時間の睡眠を心がけてください。ハラスメントや過労死を防ぐ上でも重要です。仕事熱心な人ほど、仕事の質に責任をもつために7時間の睡眠をとるのだと考えてもらいたいです。

高橋議員)
 今日はどうもありがとうございました。