コロナ禍で立場の弱い女性たちが生活困窮に追い込まれているなか、いま求められる社会保障とは何なのか。自助を強調する菅政権に対し、支え合いの政治を掲げる立憲民主党としてどう取り組んでいくのか。通常国会で審議される法案への対応を含め、東京大学名誉教授の大沢真理さんと党社会保障調査会会長でジェンダー平等推進本部顧問の西村智奈美衆院議員が話し合いました。

西村)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染が拡大するなか、収入が減って生計の維持に困難をきたし、貧困と背中合わせになっている人が増えています。仕事を失うこと、イコール収入を失うこと、非正規労働者等であるがゆえに貧困に陥るケースが非常に多くなっています。
 こうした困窮する人たちへの支援に加え、これまでの日本国内の課題として、老後が心配、子どもの教育費が心配と不安を抱えていても、個人の資産、いわゆる自助に頼る部分が大きかった。それでは格差の是正にはつながりません。1900兆円とも言われる個人資産の高齢者への偏在の要因でもあります。
 今日はそうしたことを頭に置きつつ、現下のCOVID-19感染拡大に対して社会保障的な観点から必要なことが十分にできているのかどうか。実際に起きている現象などから大沢先生に紐解いていただければと願っております。

自殺者数は感染症による死者の6倍

西村)まずは、自殺者の増加についてです。先日、COVID-19に感染したことを苦に自死された女性の方がいらっしゃいました。新聞報道などでも女性、しかも若年の自殺が増えていると言われていますが、まずは実態と背景についてお話いただけますか。

大沢)自殺については、1998年から2011年くらいまでの間、年間の自殺者数は3万人を超えていました。自殺率では、男性は統計の取れる国の中で10位以内、女性は、1、2位を争う高さでした。しかし民主党が政権についた2009年から減少し、例えば「よりそいホットライン」やライフリンク等といったNPOの活動もあり、ここ数年は2万人に近づいていました。昨年は、1月から6月までは過去5年間のいずれの年の同月よりも低く推移していました。これが7月から急増し、10月には前年同月比で40%増と、まさに跳ね上がったわけです。特に女性の自殺は前年比で80%も増え、大きく報道されました。11月は若干減ったものの、2020年の自殺者数は2万919人(速報値)と、11年ぶりに前年より増加しました。これは、把握されている新型感染症による死者の数の6倍に上ります。コロナ禍でのさまざまな生活困難や、不安と縁がないとは考えにくいです。

西村)コロナ禍で大幅にシフトが減少する「実質的失業者」のパート・アルバイト女性は推計90万人(2020年12月時点)という野村総研の報告に注目しています。当事者からのヒアリングも重ねていますが、皆さん一様に生活の困難、将来への不安、子育て中の方は、その進学や、そもそも食事をしっかり食べさせられないという不安など、非常に強いストレスを感じておられる。また、エッセンシャルワーカーと言われる医療機関や介護施設で働く皆さんも、感染症患者の有無にかかわらず高い緊張状態で仕事をされています。社会的に、全体的に、さまざまなストレスや、先行き不透明感は、より増していると思います。自殺率と新型感染症は無関係ではないと、あらためて感じました。

女性が働くことが報われない社会

西村)大沢先生は従来から、日本の生活保障システムは「男性稼ぎ主=専業主婦」をモデルとした世帯単位であり、長期安定雇用・年功賃金という雇用慣行のなかで、女性は就業していても貧困になるケースがあると指摘されています。こんな中、ウィルス禍はどのような影響をもたらしてきたでしょうか?

子どもがいる世帯の人口の貧困率、成人の数と就業状態別(2012年頃)   (http://www.oecd.org/els/family/database.htm) より大沢さんが作成

大沢)結果に表れているところからお話しをすると、まず日本の相対的貧困率は、経済協力開発機構(OECD)諸国で最も高い部類にあり、日米欧主要7カ国(G 7)のうち、米国に次いで2番目に高い比率です。他の国の貧困は、世帯の誰も就業していない、あるいは世帯主が失業しているといった、就業しているか、いないかと強く結びついていますが、日本では、例えばシングルマザーは、働いているシングルマザーと働いていないシングルマザーの貧困率はほとんど差がない。それどころか、政府が所得再分配すると、働いているシングルマザーの方が貧困率が高いというデータもあるくらいです。
 これはOECD諸国、中国とインドを含めても、他の国では見られない状況です。同時に、夫婦で共稼ぎをしている世帯と、片稼ぎ世帯(ほとんどは男性、夫が稼ぎ手)とでほとんど貧困率が変わらない。裏返して言えば、他の国では「セカンドワーカー」、母親が働きに出ると貧困率が大幅に低くなりますが、日本ではほとんど変わりません。
 つまり女性が働く、収入を得ることが非常に報われない社会であるということです。こういう社会で「女性の活躍」などときらびやかな言葉を使って鐘を打ち鳴らしても非常に空しいと思います。

制度の中に世帯単位での「自助」が組み込まれ

大沢)男性1人が稼いで妻子を養うという世帯のタイプが、前提とされている以上に優遇されています。税金も社会保険料も安い。まったく同じ収入で子どもが2人の片稼ぎ夫婦とシングルマザーで、税・社会保険料の負担と現金給付の差し引きを見ると、シングルマザーの負担の方が大きい。これは国税と地方税の双方で配偶者控除が適用されることによるものです。日本では、子どもを育てることや女性が稼ぐことに、罰を科されているようなものだ、とよく表現しています。
 男の稼ぎは会社が保障してくれる。そして専業主婦がいるから育児や介護、ケアの活動も公的に保障しなくても、妻が無償でやるでしょうとなる。要するに、世帯単位での「自助」、共助でも公助でもなく「自助」であることが、制度の中に深く組み込まれていると考えています。そうしたシステムのもとで、特別定額給付金の受給権者が世帯主とされるようなことが起こる。今回のコロナ禍で、外出自粛や企業・商店等の営業自粛のなかで経済が収縮していったとき、従来から冷遇されていた層が鞭打たれる結果になったと思っています。

西村)同じような仕事をしているのに非正規で大企業に勤めていることを理由に、今回のコロナ禍で支援の対象から外れた人たちが大勢いました。結局ウイルス禍でも支援の在り方は世帯単位、正規、終身雇用が前提になっていることが露呈した形です。
 根本には、「女性の働きは安くて当然、女性の労働は男性の補助的なもので当然」といった考え方がある。しかも、長期間働ける男性の方が企業にとってはありがたいという考え方がどうしても根強い。いまだに長期雇用慣行を前提にしているため、男女の賃金テーブルがそもそも違うという問題は払拭できていません。
 こうした問題を解消していかないと、世帯単位でしかものを見られない。日本の社会保障が本当の意味で変わってこないと思います。

同一価値労働同一賃金の実現目指す

大沢)昨年、全世代型社会保障検討会議で2つの中間報告と方針が公表されました。全て目を皿のようにして見ましたが、「働き方改革」「同一労働同一賃金」という言葉すらなくなってしまっています。菅さんは一体何を安倍さんから引き継いだのでしょう。
 いま、テレワークや、オンラインでの働き方が推奨されるなかで、長時間働くことが会社の業績に直結するのではないことは明白になってきています。コロナ禍でなにか良いことがあったとすれば、長時間べったり職場にいる人が会社に貢献しているわけではないことが、分かるようになってきた点ではないでしょうか。

西村)昨年の秋、非正規の女性労働者が退職金や一時金を求めた裁判の最高裁判決(※)が出ましたが、2つとも敗訴でした。これを受けて、私たちは通称「同一価値労働同一賃金法案」を国会に提出しました。職務評価を導入し、職務の実態に応じて正規、非正規に関係なく一時金や退職金を支払うことを可能にする、といった内容です。ぜひ成立させたいですし、成立しなかったとしても、厚労省が次の法改正のときなどにこの法案の内容をベースに議論してもらえればと思っています。今後の裁判では、立法府がこうした法案を出したことが少しでも影響すればいいなと期待しています。

大沢)立法府の動きもそうですが、そもそも日本は国際労働機関(ILO)が1951年に採択した100号条約を1967年に批准しています。この100号条約は、同一価値の労働について性別にかかわりなく同一の報酬を支払わなくてはならないという内容です。さらに2015年に国連総会で合意したSDGs(持続可能な開発目標)の第8項目(「働きがいも経済成長も」)のなかには、「同一価値労働同一賃金を老若男女」と書いてあります。外務省が仮訳したのを見たら、そのうちの「価値」が抜けている訳になっている。なんて姑息なことをと思いましたが(笑)。SDGsは条約ではありませんが日本の裁判規範になってもおかしくないわけです。国会でも、「SDGsで合意しているではないか」と、大いに頑張ってください。

※大阪医科大学(大阪医科薬科大学)事件・東京メトロコマース事件最高裁判決(2020年10月13日)