福山哲郎幹事長は衆院総選挙の最終日となる30日、千葉3区の岡島一正(おかじま・かずまさ)候補とともに市原市ちはら台の帝京平成短大前交差点付近で街頭演説をおこないました。

■岡島一正候補
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 冒頭、皆さんに集まっていただいたのは、「この国の民主主義を、一歩ずつ成長させるため」だと語り、「選挙でしか民主主義は進まない」と宣言しました。

 岡島候補は元NHK報道カメラマンで、アフガニスタンを最後に脱出したのも、カンボジアで最後までポル・ポト氏を追いかけていたのも自分だと話し、ジャーナリストとして世界の子どもたちや戦争を取材し「俺じゃなかったら伝えられない」と当時、思っていたと語りました。
 一方で、日本は戦争もやっていないのに交通事故で多くの方が亡くなっていることに衝撃を受け、「交通事故も防げない人たち(政治家)が、いつも『国民のため』と言っている。ジャーナリストとしてふざけるなと思った」と語りました。
 そして、「国を守ると言う前に、暮らしを守る政治家がいなかったら、どうするのか」「得意なことをやるのは簡単だが、みんなのための仕事をやるのが政治家だ」との信念で活動していると訴えました。

■福山哲郎幹事長
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 岡島候補のことを「ちょっと不器用」「実直」「義理堅い」と評価。この4年間、党では災害・緊急事態局の局長を務め、全国の党所属の国会・自治体議員をネットワーク化し、地震や大雨などが発生した際に、すぐに被災状況を把握。政府よりも早く情報を入手した場合には政府に情報提供するなど、与野党関係なく、連携していると紹介しました。

 そして、今月19日、北朝鮮からミサイルが発射された際、衆院選の遊説で岸田文雄総理と松野博一官房長官が官邸を不在にしていたことを取り上げ、「こんなことは絶対にあってはいけない」と指摘。さらに岸田総理は福島で一報を受けた後、仙台で遊説をおこなってから東京に戻ったことを問題視しました。
 これまで、総理か官房長官が必ず官邸にいるようにしていましたが、安倍政権でその慣習が崩れ、2019年の参院選挙では、選挙期間の17日間全て総理も官房長官も官邸を不在にしていました。

 福山幹事長はさらに、安倍元総理、菅前総理とも官邸に近い公邸に住まず、2、30分かかる自宅・議員宿舎に住み続けていたことに危機感が欠如していると指摘する一方で、2010年、北朝鮮による韓国砲撃事件があった際、民主党政権で菅(かん)元総理が公邸に滞在していたことを、当時野党だった自民党が「官邸はすっからかんだった」などと批判していたことを振り返り、改めて批判しました。

 改めて、岡島候補の災害・緊急事態局の活動について「目立たない仕事」だと語り、「政府に情報を伝え、動き始めたとしても、誰も岡島さんがやったと言わない。新聞やテレビで、岡島さんが夜中に情報をとっていたと誰も言わない。でも、岡島一正という政治家は、それが当たり前だと思ってやれる。人の見ていないところで汗がかける。縁の下の力持ちができる政治家」だと評価。「冒頭、不器用だと言ったのはこういうこと。こういう人が大事ではありませんか」と聴衆に呼びかけ、「こういう人がいなかったら、実は国民の命が守れない」と訴え支援を求めました。

 また、「いつも怒っている」「野党はいつも文句言っている」「野党は批判ばかり」と言われていることについて、「やらかした方と、怒っている方、問題なのはやらかした方に決まっているじゃないか」と発言。
 岸田総理については、総裁選で訴えていたことが衆院総選挙の自民党の公約から抜け落ちているとして「こんなにすぐにブレる総理は見たことが無い。総裁選の岸田さんと、総理になった岸田さんはまるで別人」と語り、さらに2人羽織ならぬ5人羽織だと言い、後ろに安倍・麻生・甘利・高市各氏がいるので、言いたいことが何も言えなくなっていると話しました。
 さらに、岸田総理から今回の選挙の争点が出てきていないことを疑問視。アベノミクスを継承するのか、補正予算の規模・対象なども分からないと指摘しました。また、地元選出の松野官房長官の顔を名前は一致するだろうが、「その他の閣僚の名前と顔が一致しない、何を信任するのか」と疑問を投げかけました。

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最後は聴衆とともに「変えよう」コールで締めました