立憲民主党女性議員ネットワークは、12月12日(金)午後、オンライン研修会として「市販薬オーバードーズの現在~実態と課題~」を開催し、国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦医師が講演しました。

 冒頭、松本医師は「市販薬の問題は、単なる薬物乱用の問題にとどまらず、子どもの自殺という観点からも看過できない。今後、日本の政策をどのように進めるべきか、自治体議員の皆さんとともに考えたい」と述べました。

 講演の概要は以下の通りです。

■ 違法ではない市販薬が抱える深刻な問題
 薬物依存症患者が、どの薬物に依存しているかを示す経年推移を見ると、この四半世紀で、特に2000年以降に目立つようになったのは処方薬への依存です。その多くは睡眠薬や抗不安薬であり、精神科クリニックの増加によって医療へのアクセスが容易になったことも一因とされています。
 さらに、この10年ほどで最も深刻化しているのが市販薬の問題です。最近の調査では、覚せい剤と大麻の患者数を合計した数よりも、処方薬および市販薬の依存症患者数の方が多くなっています。
 現在、薬物依存症の臨床現場で問題となっているのは、「違法ではない」「一度使っても人生が破綻しない」と多くの国民が認識している薬物によって、深刻な健康被害が生じている点です。
 調査によると、市販薬依存症と診断された患者が使用していた薬の中で最も多かったのは、市販の風邪薬でした。これらには、麻薬成分や覚せい剤成分が含まれており、依存性が非常に高いものもあります。連日大量に摂取し、急に使用を中止すると強い離脱症状が現れることもあります。
 また、カフェインが多量に含まれている点も重大な問題です。カフェインの過剰摂取は、激しい吐き気を引き起こすだけでなく、一定量を超えると突然心停止に至る危険性があります。さらに、急性中毒の場合、通常の治療では除去が困難で、血液透析が必要となるケースもあります。
 近年、若者の間で使用が広がっているのがメジコンなどの咳止め薬です。2021年8月以降、販売個数制限がなくなり、ドラッグストアで容易に購入できるようになりましたが、過剰摂取による死亡事例も国内で報告されています。このほか、市販の睡眠薬や、安価な抗ヒスタミン薬なども、オーバードーズの「入口」として使用される例が少なくありません。
 松本医師は、オーバードーズ防止の観点から、瓶入り販売の廃止や、PTP包装(押し出し式シート)の徹底、錠剤サイズの見直しなど、企業側の取り組みの重要性も指摘しました。
 「市販薬は処方薬より効果も副作用も弱い」という一般的な認識は誤りであり、むしろ医療現場では使用されなくなった古い薬が市販され、副作用のリスクが高い場合もあると警鐘を鳴らしました。

■ 市販薬依存の拡大と若年層への影響
 10代の薬物依存症患者数の推移を見ると、2016年には全国で12人だったものが、昨年9~10月には130人にまで増加しており、約11倍となっています。そのうち71.5%が市販薬による依存です。
 2014年から、乱用リスクの高い市販薬については販売個数制限が導入されたが、データを見る限り、十分な効果は認められず、むしろ乱用が拡大している状況です。
 背景には、ドラッグストアの急増や、登録販売者制度の拡大があります。医療費抑制政策の一環として「セルフメディケーション」が推進され、市販薬へのアクセスが容易になったが、10代の乱用を防ぐ体制が十分とは言えない現状があると指摘しました。

■ 若者の市販薬乱用の特徴
 10代の市販薬依存症患者の特徴として、
① 約74%が中学・高校に在籍中
② 約9割が女性
③ 約8割が、直近1年以内に自傷行為や強い希死念慮を経験
 という点が挙げられました。
 従来の薬物依存は、学校から離脱した若者が違法薬物に関与するケースが多かったのに対し、市販薬乱用では「学校に通いながら」「学校生活に適応するために」使用される点が特徴的です。
 松本医師は、オーバードーズが「誰にも頼らずに自分で苦しさをコントロールできる」という感覚を生み、それが依存につながる危険性を指摘しました。
 また、10代においては、自殺既遂・未遂ともに女性が多いという世界共通の傾向(ジェンダーパラドックス)にも言及し、「今の10代の女の子たちに何が起きているのか、社会全体で向き合う必要がある」と述べました。

■ SOSを受け止める社会の課題
 SOSの出し方教育が導入される一方で、SOSを受け止める側の大人の準備不足が課題となっています。実際、オーバードーズで医療機関を受診する人は全体の1割に過ぎず、受診していない人の方が精神的に重篤な状態であるケースが多いことが指摘されました。
 政府広報の「ODするよりSD(相談)しよう」というメッセージについても、当事者の実感と乖離しているとの批判が紹介されました。相談しても改善しなかった経験が、オーバードーズにつながっている場合も少なくありません。
 松本医師は、まずは雑談を通じて信頼関係を築くことの重要性や、安心して失敗を語れる居場所づくりの必要性を強調しました。

■ 学校における薬物乱用防止教育の見直し
 現在の学校における薬物乱用防止教育は、違法薬物に偏っていますが、最新の調査では中学生の約55人に1人がオーバードーズを経験しています。一次予防と二次予防を同時に行うこと、また、健康度の高い生徒が周囲のSOSに気づき、信頼できる大人につなぐ「1.5次予防」の重要性を示しました。
 一方で、校則によって市販薬のオーバードーズを禁止し、相談した結果、停学や退学につながる事例もあり、「安心して失敗を打ち明けられる仕組み」が不可欠であると訴えました。 
 松本医師は最後に、「SOSを安心して出せる社会をつくることこそが、最も重要である」と強調しました。