10月4日、臨時国会が召集され、衆院任期が1カ月もない中で新内閣が発足しました。小泉政権以降、政治本来の使命を忘れ、新自由主義を強行し、貧困層増大、格差拡大をもたらした自民党政権。次期総選挙で今の政治を変えるため、立憲民主党はどうあるべきか、国民に伝えたいメッセージは何か、当選17回の小沢一郎衆院議員に聞きました。

居住地、職業、出自に関わりなく、みんなが良い暮らしをできるようにすることが政治の役割

 政治の本来の使命は何か。古い逸話を引っ張り出せば、仁徳天皇の民のかまどを慮(おもんぱか)る政治。すなわち今流に言えば、国民の命と暮らしを守っていくこと。そして、日本の国のどこに住んでいようが、どんな職業の人であろうが、どういう出自の人であろうが、みんなが一定のより良い暮らしをできるようにすることが政治の役割です。近代日本は、地方が産業予備軍になって近代化が進められました。それだけに地方の疲弊を深刻化させました。戦前の昭和は、その対応で失敗しました。戦後は、自民党が「地方偏重」とマスコミからよく叩かれましたが、高度成長と奇跡の復興を促し、一億総中流社会と呼ばれるくらい格差の少ない、公平な、そして平均的にハイレベルな社会を作り出すことができました。

大きな変化の中で日本は漂っている

 今、コロナ禍に加えて、極東と呼ばれる北東アジアは、非常に大きな変化のただ中にあります。そこで日本は漂っているかのようです。中国では、不動産開発大手が30兆円もの借金を抱えて危ないと言われていますが、同企業だけの話ではありません。中国経済自体がバブルみたいですから危険な状態にあると思います。社会で国民の不安が広がると、為政者は外に向かって軍事的に強気な姿勢を示します。これは典型的な歴史の繰り返しです。そういう時に日本がどうしていいか分からず、リーダーがおろおろしているようでは、とてもではないが、国民はやっていけなくなります。そのことに国民自身が早く気がつかなければいけない。そのために民主主義があり、選挙があるのです。

主権の行使を放棄するのが一番の罪悪

 民主主義は、国民主権という言葉でも表現しますが、それは国家の最終、最高の決定権が国民にあるということです。「自民党はダメ」「野党もダメ」と言って、その主権の行使を放棄するのが一番の罪悪だと思います。選挙、すなわち選択は、相対的なものでしかありません。絶対的な正義は、この世の中にはありえません。相対的にどっちがいいかという選択なのです。「今の自民党でいい」というなら、それも1つの判断。ところが、政治に文句ばかり言って、「どっちもダメだ」では日本の政治は終わってしまいます。片方がダメならもう片方に政治を任せてみようという選択肢があるのが民主主義です。そして主権者、国民がその選択肢をもっています。

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あまりにも長く国民に選択肢がなかった

 ただ、戦後の日本では、自民党があまりにも長く与党の座にあり続け、国民に選択肢がありませんでした。政権交代のないところには真剣な政策論争も起こりえないし、与党議員から自分たちが国民から国政を預かっているという緊張感も失われます。こうした政治を改革するため、まず小選挙区制の導入に取り組んだわけです。この制度下では、国民が対立する政党のどちらかを選べるようになります。当時、見る人から見れば「小沢は自民党にいながら、なぜ盤石の自民党体制を壊すようなことをするのか」と見えたかもしれません。1994年、細川政権下で政治改革関連法が成立し、小選挙区比例代表並立制が導入されました。

議会制民主主義の定着は道半ば

 あれから四半世紀が経ちましたが、議会制民主主義の定着はまだまだ道半ばです。もう一度政権交代して、野党が政権を取って、それで初めて国民の意識の中でも、政権交代が現実味を帯びたことになります。細川政権、民主党政権と2度の政権交代が起きましたから、意識の底辺にはあると思いますが、それが意識にしっかりと入っている状況にはなっていない。だからこそ、再び政権交代をしなければなりません。昔から「国民のレベルより上の政治家は出ない」と言われています。民主主義社会では国民のレベルが低ければ、政治家のレベルも低い。国民が主権者という限り、最終的な責任は主権者にあるのです。このことをよく肝に銘じ、主権を行使してもらいたいと思います。

非正規雇用、貧困率を深刻化させた自民党政治

 かつての自民党は、一億総中流社会づくりに貢献しましたが、小泉政権以降、新自由主義と俗に呼ばれる自由競争、市場原理万能の考え方を押し進め、政治本来の使命から変質しました。その結果、規制撤廃、弱肉強食の考えの下で国民所得は一貫して減り続け、いまや貧困率も非常に高くなり、格差がものすごく拡大し、不平等な社会に陥っています。非正規社員の比率は40%を超えてしまいました。非正規雇用にすれば、経営者は社会保険料を払わなくていいし、不景気になればいつでも解雇できる仕組み。今、コロナ禍の不景気で、どんどん非正規社員が失業しています。これまで自民党を支持してきた若い人たちも、今になって思い知っているかもしれませんが、これこそが強い者が勝ち残る新自由主義。これを放置しているならば、もう政治はいりません。

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公共的機能をもった事業は国営化や公営化が世界の潮流

 サッチャー元首相、レーガン元大統領から始まったと言われる新自由主義も世界中で行き詰まっています。それにもかかわらず、日本の自民党政権は、どんどん規制を撤廃し、改革の名のもとにセーフティネットを次々に壊してきました。コロナ禍に見舞われる中、これまでの規制改革の結果、保健所が減り、その機能を十分に果たせなくなっています。これがコロナ対策を混乱させた大きな原因の1つでした。これだけでなく自民党政権は、水道事業などどんどん民営化を進めました。一時、欧米でも同様の政策が展開されましたが、深刻なマイナス面が露呈し、公共的な機能をもった事業は、国営や公営に戻そうという動きになっています。ところが日本だけが、新自由主義路線のまま。これでは大変なことになりかねません。

しっかりした理念と指導力を持ったリーダーがいるように思えない

 硬直的な政治状況の中で日本社会は、どんどんいびつになり、追い詰められています。もし、ここに政治的動乱が加わったら日本は何ともしようがなくなります。ところが自民党政権では、権力の乱用、腐敗、汚職が次々と起きています。こうした政治に対して多くの国民は、政権交代を必ず望んでいると思います。実際、そうしなければならない時が今来ています。自民党総裁選時の候補者の演説も聞きましたが、いずれの候補者も1つの大きな柱や考え方、あるいは将来の青写真を明快に打ち出すような力強さは一向に見えませんでした。自民党のリーダーにしっかりした理念と指導力を持った人がいるように思えない。一方、立憲民主党に国民の目が向いているかというと、低支持率が象徴するように期待が高まっていません。

ボーイズ・アンド・ガールズ・ビー・アンビシャス

 昨年9月の立憲民主党の結党は、旧国民民主党と旧立憲民主党という2つのかなり規模が大きい野党が一緒になり実現しました。両党議員の大方が合流し政権を目指してがんばろうとスタートしたわけです。憲政上、非常に大きな意味があったと思います。立憲民主党は歴史が若く、柔軟な考え方を持っている議員が多い。そこが長所ではないでしょうか。ただ、若いなら、夢を持たなければ。ボーイズ・ビー・アンビシャス。今はボーイズ・アンド・ガールズ・ビー・アンビシャス。アンビシャスでなければ、ただの子どもの夢物語になってしまう。何のために政治があるのか。若くて柔軟であることは良いが、日本をどうするのか。その理念がないといけない。それこそが政権戦略です。

思い切った青写真を描いて示さなければいけない

 国民が望んでいるような思い切った政策を打ち出すべきです。役人が言うことに毛が生えたような政策を言ったってダメ。政治家なのだから、思い切った青写真を描いて示さなければいけない。かつて私が民主党の代表時に提唱した最低保障年金制度は、当時自民党から財源で批判されましたが、今回の自民党総裁選では同様の主張をした候補者がいました。民主党政権時、「財源はどうするんだ」と盛んに言われましたが、2012年に政権復帰した自民党政権の財政支出はもうジャブジャブでした。

 お金はあるのです。ましてやコロナ禍の今は、これまでの財政規律に縛られてはなりません。短期的にはコロナ対策、中長期的には国民のセーフティネット整備に万全の整備を期すべく、今こそ思い切って財政出動をすべき時であって、それを政策の柱として野党第一党として打ち出すべきなのです。それがないと、新総裁、新総理、そして新内閣人事と、総選挙まで自民党の話題ばかりになってしまいます。政治を変える最大のチャンスにある今、野党がそれを活かしきれなければ、国民の期待が薄れてしまうかもしれません。何としても、来たる総選挙で国民の支持を取り戻し、政治の転換を実現しなければなりません。