野田佳彦最高顧問は25日、大阪11区の樟葉駅前で平野博文(ひらの・ひろふみ)候補と共に街頭演説をおこないました。
■野田佳彦最高顧問
衆院選公示日の19日、北朝鮮がミサイルを発射しました。岸田総理も松野官房長官も選挙運動のため東京を離れ、官邸を留守にしていたことについて、元総理大臣である野田最高顧問は「総理か官房長官のどちらかが官邸で、少なくとも在京で判断」すべきであったと指摘しました。
総理と官房長官のいずれかが官邸で危機に備える体制は、2001年に起きた「えひめ丸」の事故(愛媛県立宇和島水産高校の練習船「えひめ丸」がアメリカ海軍の原子力潜水艦に衝突され、沈没した事故)以来、ずっと守り続けてきた危機管理の鉄則であると述べ、岸田政権の危機管理に対する姿勢に疑問を呈しました。
野田最高顧問は、安倍元総理の経済政策「アベノミクス」によって広がった貧富の格差は、このコロナ禍によってさらに広がっていると指摘。特に派遣や非正規で働く人びとや、その子どもに悪影響が出ていることに懸念を示し、「子どもひとりの努力や、家庭の努力だけでは困難を乗り越えられない」「子どもの育ちや学びを、社会全体で後押しする国に作り替えていかなければいけない」と力を込めました。
また、お金を入れてレバーを回すとカプセルに入ったおもちゃがランダムに出てくる「ガチャガチャ」のように、子が生まれ落ちる環境を選べない事実を重ねあわせた「親ガチャ」という言葉がネット上で流行していることについて、「子どもは親を選べない。その不遇を嘆くときに『親ガチャに外れた』と言うんです。残念な言葉だと思いませんか。それだけ格差が広がっているんです」と述べ、あきらめに似た気持ちが子どもや若者の間に広がっていることに懸念を示しました。
野田最高顧問は、当初自民党が「バラマキ」と批判した高校授業料の無償化や、35人学級などは、野田内閣の文部科学大臣であった平野候補が先鞭をつけた政策であると紹介し、教育政策に造詣の深い平野候補こそが今の日本で重要な役割を担える候補だと、集まった有権者らにアピールしました。
本降りの雨のなか演説を行った野田最高顧問は「雨の一滴一滴は小さな粒です。でもそれが溜まって、流れ出して、せせらぎとなって、小川となっていくように、皆さんの一票一票が大河を作っていくことができます。その受け皿、平野博文にご支援をいただけますよう心からお願いを申し上げます」と述べ、公示の直前まで全国の選挙区調整に奔走し、「一強多弱」と言われる現在の政治を変えるべく戦い続けてきた平野候補への支援を訴えました。
■平野博文候補
平野候補は自身が官房長官を務めていた時に新型インフルエンザが流行し、その対策に当たった経験をふまえて作った「新型インフルエンザ対策特別措置法」が、新型コロナウイルスに対応する現在の基本の法律となっていることを紹介。新型コロナウイルスが国内に入ってきた際、「国民の命を守る、暮らしを守るという点においては与党も野党も関係ない」と、特措法の活用を強く与党に要望した経緯を説明しました。しかし、当時の安倍政権が民主党政権下で作られた特措法の活用に難色を示したため、新型コロナウイルス対応の初動や水際対策が後手後手に回ったと述べ、「政治は国民の皆さんの命を守る。国民の皆さんの生活を守る。これが基本中の基本だ」として、政府の対応を批判しました。
また、平野候補は現在の教育政策についても言及しました。現在、多くの大学生が多額の学資ローンを抱えて大学を卒業することについて、「社会に出るときにゼロベースからスタートできない。負の遺産を持って社会に出るのは不平等ではありませんか」と述べ、給付型奨学金の拡充に取り組んできたことを紹介しました。
平野候補は「勝ち組だけが残る社会ではなく、ともに支え合う社会こそ日本が目指すこれからの社会の姿」と述べ、そのような社会を実現していくためには、今の政治を変えていかなければならないと強調。今の自民党政権では変えられないとして、引き続き政治を変える役割の先頭に立ち、国政で働かせて欲しいと集まった有権者らに呼びかけました。