新型コロナウイルス感染症の拡大、少子化、格差、貧困。現代日本における深刻な課題は、厚生労働行政にかかわることばかりです。民主党政権時代に厚生労働大臣に就任し、現在も党厚生労働部会長を務め、社会保障政策に長らく関わってきた長妻昭副代表が、日本が抱える課題と解決策について語ります。



新型コロナウイルス感染拡大のような緊急時の医療体制は国が主導すべき


 日本の医療は、基本的には都道府県が最終責任を負うようになっています。国はそれをバックアップするという位置づけです。そのため、今のような新型コロナウイルスが拡大するという緊急時でも同じ体制になっています。
 しかしそれでは今回のように、入院できずに自宅でお亡くなりになるという事態が起こるので、やはり国が前面に出て、緊急時はベッドの確保、医療の人材や機材の確保に乗り出さなければいけません。
 首相官邸に指令塔をきちっと置いて、国が都道府県を主導する形で、ベッドや医療人材そして医療機器、器具を確保する。これを医療圏ごとに調整をして、国が主導する必要があります。
 都道府県が最終責任を負うとなると、その都道府県の中だけでみんな頑張るわけです。ある県の医療がひっ迫したときに、ちょっと県を越えれば、ベッドに余裕があるとか、医療資源を融通できるとか、医療人材を融通できるなど、協力し合えることがあるのに、県単位になっていることで、危機のときに機能しない事態が起こりました。
 私も予算委員会で今年の初めから菅総理(当時)に要望してきましたが、いまだに作っていない。これは非常に重要なことです。自宅死を起こさせない、繰り返させないために新型コロナ対策司令塔の設置が必要です。

社会保障の充実が経済成長させるという考えに転換したい


 平時でも医療や介護の予算はギリギリですので、今回新型コロナウイルスの危機が直撃して大変な事態になりました。医療と介護が充実すると、経済成長はマイナスになってしまうという考え方がずっと政府の中にあるのですね。われわれ立憲民主党はそういう考え方には立っていません。
 むしろ、医療や介護に予算を重点配分して適切な充実を図ることこそが、経済成長にプラスになるので、思い切った重点配分をしないといけない。今回のコロナ危機でも、それが明確になりました。
 医療がぜい弱であったために経済もマイナスになってしまいましたよね。入院できない人が続発すると経済活動もすぐに絞らなければいけない。ですからわれわれは、社会保障の充実と経済成長は、今までの政府の発想のようなトレードオフの関係、一方を重視すると一方が損なわれてしまうという関係ではないと考え、医療や介護への予算の重点配分を打ち出しています。

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無理のない方法で最低賃金を1500円に上げて労働生産性を改善する


 同一労働同一賃金を法制化するとわれわれが提案したら、安倍総理(当時)は「やります」と言いました。本当に大丈夫かと思いましたが、案の定、羊頭狗肉の状況になりました。われわれは同一労働同一賃金ではなく、同一「価値」労働同一賃金と言っています。
 安倍内閣でおこなわれたのは、同一労働同一賃金で非正規雇用と正社員が同じ仕事をしていれば待遇も一緒にするというのが趣旨ですが、「同一労働」となると、正社員と非正規雇用では、全く同じ仕事ではなく、多少は違うじゃないですか。だから、それは「同一労働」ではないと判断されて、厳密に解釈し過ぎれば機能しないもので、非常に中途半端なものになっている。
 われわれは全く同じ仕事ではなくて「価値」が同じ。例えば、お金を扱う仕事、人と接して進める仕事、こういう価値が同じ仕事をしていれば、同じ賃金、同じ待遇にすると、広く解釈を取っているものです。これはヨーロッパ諸国でも常識になっていますので、実行を目指していきます。
 最低賃金1500円を実現するには、無理がない形で上げる方法があります。韓国では急激に上げ過ぎて非常に混乱を招いたことがあるので、そうではなくて、一定の経済の規模を考えた上げ方をする必要があります。
 将来的に最低賃金を1500円にして、日本の生活給、あるいは産業競争力も労働生産性も含めて改善していく必要があります。ただし、特に中小企業に打撃を与えることなので、経過措置や補助金を潤沢につけて無理のない形で実行していきます。
 GDPが日本に次ぐドイツは、相当高い最低賃金を全国同一金額で一気に導入したのです。それで、労働生産性が改善したこともありますので、日本も手をつけなければいけないことです。

利権がないからこそ、やらなければいけない


 出産するには非常にお金がかかりますので、(出産費用を)無償化にするのは当然だと思います。あるいは出産費用のみならず、出産にあたって仕事もなかなかフルタイムでできない等、いろいろな制約で収入が減る要因が出てくるので、お子さんを産む人も産まない人も、基本的に同じような生活レベルを維持できるようにしないといけません。子ども・子育て政策のイロハのイのところが非常にぜい弱なので当然のこととして、出産育児の一時金引き上げや出産費の無償化はやらなければいけません。政府も少しずつはやっていますが、あまりにも小粒過ぎます。
 利権がない課題には予算が手厚くつかない。これが日本の政治の根本にある問題だという意識を私は持っています。利権がないところに予算をつけても、企業献金がたくさん来るとか、パーティー券をいっぱい買ってくれるとか、そういう見返りがないからです。
 そういうところには、政治の関心がすごく薄いのです。でも、政治家に「日本で一番大切なことは何ですか」と問いかけると、「少子化対策、子ども・子育て政策だ」と全員言うわけですね。しかし、実行が伴っていないので、これはやらなければいけないのです。

格差が広がり、立ち直れない人が増えると経済再生もできない


 今、日本の最大の問題である貧困、格差問題。今回のコロナ禍で、私は格差が相当急速に拡大しているのではないかと危惧を持っています。新たにホームレスになる方も増えている実感があります。日本はヨーロッパと比べると、住宅政策が非常にぜい弱で、生活の本拠地がなければ疲弊してしまうので、公的な住宅手当をきちっと作り、あとは今回のコロナ禍で傷ついた低所得者の方々への給付金を支給します。
 相対的貧困率は格差を測る指標の一つですが、それを改善していく必要があります。OECD先進諸国の平均よりも日本は格差が大きく、G7ではアメリカに次いで2番目に相対的貧困率が大きい。
 コロナ禍の前からそうだったのです。ですから、現状把握して格差を埋めていくことをしなければいけません。なぜかというと、コロナが終わった後に日本を再生しないといけないからです。経済も再生しなければいけない。そのときにみんなが倒れていたら、再生どころではなくなってしまうわけです。今本当に耐え忍んで、大変な状況にある方が、復帰できないことにならないように、最低限のサポートをすることが喫緊の課題なのです。

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「格差の壁」を壊すことが社会・経済の発展に不可欠


 人間、この世に生まれたからには、みな生かされている命です。一度きりの人生です。始めはどなたでも人のために自分の力を役立てたいと思っていました。ところが今の日本の社会は、人のために自分の力を役立てたいと思っても、それを邪魔する壁が厚く高くなって、なかなかその力を発揮することがままならない状況です。
 その壁というのは、富とチャンスが一部の人に偏る「格差の壁」が大きいのです。格差の拡大による「教育格差の壁」が力の発揮を邪魔していると思います。今「親ガチャ」(親は選べず、どういう境遇に生まれるかは運任せ)という言葉が流行っていますが、どの家に生まれるかで受ける教育のレベルが違うので、自分の可能性が花開くか開かないかが、相当変わってしまうわけです。
 これは非常にもったいないことです。格差が大きい国は経済成長ができないという調査結果を、IMFやOECDが発表しています。なぜかと言うと、格差が大きい国では、子どもたちの持てる力が、恵まれた家に生まれた方以外ではなかなか発揮しにくくなるからです。
 「教育格差の壁」とか「非正規雇用の壁」というのもありますよね。日本は今、非正規雇用が被用者の4割になってしまいました。ですから、望めば正社員になれる仕組みもわれわれの政権公約の中に入れています。
 さらに、男女格差の壁も大きいです。たまたま性別が違うだけなのに、同じ仕事をしても処遇も給料も全然違います。先進国の中で、日本が一番激しく違います。こういう「男女格差の壁」。
 もっと言えば、空気を読め、みたいな「集団同調圧力の壁」も大きいです。やはり多様性を認めない社会や組織は集団同調圧力が強くなり、創意工夫がつぶされてしまう。
 でも、空気を読み過ぎると、自分も空気になってしまいますよね。いっそ日本の社会や組織では空気になってしまった方が、楽に生きられるのかもしれない。あまりいろいろなことに悩まないで楽しく、でもそれだと、自分は何で存在しているのか存在意義がわからなくなってしまうし、創意工夫も個性の発揮もなくなって、非常に活力のない社会、組織になってしまう。
 日本の産業界も昔は輝いていましたが、今は残念ながら中国とかアメリカの企業に土俵を総取りされてしまっているような状況です。
 ほかに「自己責任の壁」もあります。行き過ぎた自己責任論。自己責任はもちろん重要ですが、あれもこれも自己責任と言ったら政府も政治もいらない。自己責任、自己責任と、過度な自己責任論で政府は政策を進めているので、そういう社会では声を上げづらくなる。
 本当に困ったときに「何とか助けてください」と言うとバッシングが起こる、「そんなのあなたの自己責任でしょ」と。非正規雇用といっても「頑張って正社員になっている人がいっぱいいるのだから、自己責任ではないか」と。
 しかし、被用者の4割を非正規が占め、それを自己責任と片付けられるのかどうか。そういう自己責任論が行き過ぎた社会は、声を上げにくい社会になります。だから、問題が起こっても日本ではあまり実態が見えにくいのです。こうした壁を打ち壊していくことが、これからの日本の社会・経済を発展させるために必要不可欠です。

民主党政権前から厚生労働大臣時代にかけて成し遂げたこと


 2007年に、「消えた年金問題」というのがありました。私たちが暴露して、隠ぺいを続ける当時の自民党政権に対して、相当粘り強く調査をして明らかにしました。結果として、1500万人の年金記録が戻りました。すごい数です。人口の1割以上です。一人で二つの記録が戻った人もいますので、回復額は生涯額で2.8兆円、3兆円近く回復したわけです。
 私たちが問題視しなければ、今の自民党によって隠ぺいされて泣き寝入りです。いま自民党はあまり関心がなくなってしまい、残された年金問題が、なかなか前に進んでいないのが大変残念です。
 紙台帳も年金記録が記された6億枚を照合し、7900万人分をコンピューターと照合しました。本人が気づいていなくても通知を送って、「あなたの年金、実は消えていましたが、戻りました」という知らせを出しました。
 今は「ねんきん定期便」が誕生月に送られていますよね。あれもわれわれが問題視しなければ闇の中だったわけです。
 また、無年金者を受給可能にするための対策を実行しました。日本には無年金者が多かったので、今まで延べ25年間保険料を払わないと1円も受給できなかったのを短縮して、少なくとも10年払っていれば年金を受給できるように私たちが制度を変えました。
 そして、年金の最低保障機能を強化するために、低年金者約970万人に年金を最大年間6万円上乗せしました。これは、今も実施されています。ほかには、リゾート施設グリーンピアへの年金流用をストップさせました。
 また、子ども手当も始めましたし、非常に大きいのが相対的貧困率を初めて日本で公表したことです。これまでは、それを公表すると「貧困率を改善しろ」という圧力が出て財政支出が増えることを嫌がって政府は公表しませんでした。しかし、私の大臣時に初めて子どもの貧困率も公表して、注目が集まりました。
 格差の問題にも取り組み、例えば、新たに225万人の非正規雇用者が失業保険に加入できるようにしました。それとナショナルミニマム研究会を設置して、生活保護の捕捉率(受給割合)を初めて公表しました。生活保護の対象者のうち、3割程度しか生活保護を受けていないことも明らかにしました。
 あとはイクメンプロジェクトも始めて、イクメンという言葉が少し流行り、男性の育児参加にも多少貢献したと思います。そのほかに大きかったのが、新型インフルエンザが流行り、日本では新しい感染症に対する法律がなかったので、特措法を民主党政権で成立させました。そして、PCR検査を充実せよ、日本版CDC(疾病予防管理センター)を設置せよ、国産のワクチンの体制を作れという提言(新型インフルエンザ総括会議報告書2010年6月・厚労省HPに現在も全文掲載)もまとめました。その提言が安倍内閣には引き継がれず、いかされなかったのは大変残念です。いずれにしても社会保障を充実すると経済成長にマイナスであるという従来の考え方を大転換して、社会保障を適切に充実させることは経済成長の基盤を固めることだとしました。それまでの新自由主義的な小さい政府ほど経済にはプラスだという発想を、私たちが転換したという自負があります。

再び政権に就いて相対的貧困率を改善しなければいけない


 再び政権に就いたら相対的貧困率を改善するという大目標。つまり、どんな家に生まれても、適切な教育が受けられる、男女格差を解消する、非正規雇用格差を解消することを徹底的にやっていきます。それによって活力が大きく生まれてくる。日本はこんなものではないと思います。
 学校でも集団同調圧力が強くていじめが続いているし、企業も空気の力が強くて、不正が長年続いていても誰も声を上げられない。こういう社会の壁を打ち破っていくことをやっていきたい。
 政権当時は経験が不足していました。もちろん、そのときの反省点、官僚との付き合い方を含めて、肝に銘じています。次はそうした課題をクリアして、きちっと官僚の皆さんとも連携しながらやっていけます。枝野政権を作り、日本がこれまで足踏みしていた点を大きく前進させたいと思います。

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なぜ社会保障政策に力を入れるのか


 私が議員になった時は、安全保障と社会保障、この二つの保障をやることが国家の礎だと掲げ、初めは安全保障委員会に所属していろいろとやっていました。
 しかし、日本の問題として無駄遣いや機能していない部分を追及していくと、どうしても社会保障の分野に集中します。工夫すれば効果的にできるのにそれがなされていない。これまで政治家が、社会保障の役割が効果的になされているかどうかをチェックしてこなかったのだと感じました。
 安全保障は、多くの政治家のさまざまな議論があったと思いますが、野党から見ると、政府の問題点や改善点は、社会保障に集中していました。つまり、そこに相当力を注ぐ必要があったということです。

政治家(永田町)や官僚(霞ヶ関)のためではなく、国民のための政治を


 記者時代に不良債権問題を取材したときに、当時の大蔵省の方が「長妻さん、不良債権問題を取材しているけど、こんなのすぐ解決できるよ」と言うのです。「日銀を動かして金利をゼロにして、一気にまたミニバブルを起こして、そこで塩漬けの不良債権を売り抜けさせるから。それでもう解決する。だから、そんな大騒ぎすることじゃない」と。えーっ、と思いました。
 この人たちは市場を意のままに操れると思っているのか、こんなにおごって大丈夫なのかという衝撃が、政治家を目指したきっかけです。
 「試験で選ばれた官僚」と「選挙で選ばれた政治家」がコラボレーションして国を運営する形です。試験で選ばれた人は、一般の方々と膝詰めで問題点を議論したり、自分の担当している分野を現場まで降りていってお話を聞いたり怒られたりというのはあまりないかもしれません。1回試験で受かってしまえば、永久身分保障ですから。だから、どんなに優秀な方でも、現場の感覚とか、困っているとか、切ない想いというのが届かなくなってしまうことがあります。
 政治家は日々政治活動や選挙で怒鳴られたり怒られたりしたうえに、的が外れたことを言っていると落選もします。ですから、立ち位置の異なる人同士で仕事をしなければならないので、うまく運ぶには、相当な知恵が必要です。
 今は、政治が強権的に人事も完全に握ってボトムアップではないですよね。総理大臣の所信表明演説も役所からどういう項目を入れるのか意見聴取をしないというのです。民主党政権まではしていましたが、自民党政権に代わった後、そうなったようです。トップダウンです。
 政治家は万能ではありません。政治家は確かに官僚よりは国民の意見を聞いているけれども、それが全体を表した意見かどうかはわかりにくいです。私たちも全国民と接することができないので、特定の意見を聞いていて、それが全体にも当てはまるとして政策を推し進めると間違うこともあるので、そこは官僚の皆さんとすり合わせをしないといけません。
 だから、「試験で選ばれた人たち」と「選挙で選ばれた人たち」のそれぞれの特性をいかすことがまだ課題として残っていると思いますし、私たちならば、かつての民主党政権の教訓を踏まえて、協調してできると考えています。

国民の信頼を得る行政サービスを提供する


 最近発覚した年金通知の誤送付問題は、結局はしっかりとチェックをしていなかったことが原因です。厚生労働省も日本年金機構も、官僚の仕事は法律を作ったり、審議会を回したりすることが本業であり、年金の通知等は本筋の仕事ではないと、非常に低く見ている側面があります。でも、国民の皆さんからすれば、それが一番重要なのです。役所はそこを軽視する体質がまだ変わっていません。
 政治家も、関心が低いのです。自民党の政治家で、いま年金の記録問題に関心がある人はほとんどいませんし、こういう日本年金機構の事務の問題をしっかりとウォッチしている人もいません。どうしても官僚は政策とか法律を作るとか、審議会を回すといったことかばかりになっています。
 でも、国民の皆さんから信頼を得るには、やはりそういう仕事を軽んじてはいけません。そのツケがどんどん回ってきています。私が大臣の時には、日本年金機構でサービス・コンテストというものを始めました。良いサービス、アイデアを出した職員を表彰し、年金相談員は必ず名刺を渡すなど、業務改善を相当やってきました。しかし、そういうことに関心のある政治家が自民党にはいないので、ほどんど誰も見ていない状況になっているのだと思います。いま一度、行政は国民のためのサービスだという当たり前の認識を深めてもらう必要があります。

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国民の声を聴き、精力的に厚生労働大臣に申し入れをおこなっている