学校では年々不登校が増え、若い世代の人は希望する仕事に就くことが難しいなど、多くの人が何らかの生きづらさを抱えている今の社会で、ひきこもりは他人事ではありません。今後の課題や、あるべき社会の在り方などについて、長妻昭政務調査会長が、NPO法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会(以下、家族会)」副理事長で、25年以上にわたってひきこもり現場を取材しているジャーナリストの池上正樹さんに話を聴きました。

池上 正樹(いけがみ・まさき)
1962年、神奈川県生まれ。ジャーナリスト。ひきこもり問題、東日本大震災、築地市場移転などのテーマを追う。NPO法人KHJ全国ひきこもり家族会連合会理事。

心を許せる仲間の存在

長妻 ひきこもりの支援では、専門家であるだけでなく、他人の気持ちを理解できる、感受性がある人でないと難しいですね。かつてひきこもり状態にあって、その後、家族会を手伝っている方々にお会いしたことがあります。

池上 家族会でもピアサポーター(※2)、「ピア」は仲間という意味ですが、そういう同じ経験、あるいは経験がなくても理解、想像ができる感性を持った人たちがお互いに一人の人間として支え合う考え方があり、養成にも取り組んできました。
 ピアサポーターは、聴いた話はその場限りにする、仲間としてお互いを尊重し合うなどの安心できるつながりを大切にしています。人に知られたくない気持ち、何をされると傷つくかを分かっている者同士なので、心を許して本音を話すことができます。この安心安全は社会でも常に意識してほしいところです。その人の尊厳、プライバシーや本音が、いわゆる「ふつう」の価値基準に沿った決断しか許されない社会となると、結局相談しても相手の求める答えだけを言ってしまいます。

長妻 よく忖度(そんたく)だと言われますが、同調圧力が社会の隅々まで浸透していると感じます。

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社会の「モノサシ」を少し変える

長妻 いまの日本は、ひきこもりに限らず生きづらさを抱えている人が増えています。社会のなかで日常的に人生の問題について語る場はほとんどありません。

池上 今はSNSなどでのさまざまな誹謗中傷や、昔からの同調圧力や横並び主義のようなものがあって、なかなか自分の思っていること、本音が言えなくなってしまっているところがあります。心を許して安心して本音を言える場所を社会がどう作っていけるか。そこで言うと、ピアサポーターは1つのカギになると思います。

長妻 世界は変化しているのに、幸せとは何か、成功とは何かという社会のモノサシが未だに大きくは変わっていない。地位や収入、社会的な評価、学歴、子ども、孫を持つのが幸せだといった、固定化されたモノサシが未だ残っているのではないでしょうか。本来、幸せのモノサシはそれぞれ自分が持ち、決めるものです。社会のものさしを少し変える、緩くすることが大事だと感じます。

池上 社会的状況が変わってきているにもかかわらず、高度経済成長期の時代のモノサシ「頑張れば報われる」がいまだに続いていることが、結果的に多くの人を生きづらくさせていると思います。そこを変えていく必要が、社会の側の責務としてあります。本人の多くは親と同居しています。親、さらに祖父母からの評価、価値観が刷り込まれていて頭では分かっていても身動きが取れなくなっていることも背景にはある。こうしたメッセージを打ち出すことも必要です。

長妻昭

個人が尊重される制度設計を

長妻 最後に、われわれ政治に求めることをお聞かせください。

池上 日本は人、個人ではなく、家族単位、世帯単位で制度設計ができている。そのことによる不具合がいろいろなところで起きていて、その1つがこのひきこもり8050問題だと思います。個人それぞれが尊重される、尊厳や権利を世帯ではなく個人で考える社会、制度設計を社会の側に求めたいです。
 ひきこもりということで言うと、法的根拠がないことによって自治体間での支援の格差、温度差、認識の違いを生み、住んでいる自治体によって本人や家族の困りごとを救済してもらえたり、支援そのものが受けられなかったりという非常にアンフェアな状況が起きているので、ひきこもり状態に特化した法制度を作ってほしいです。どこに住んでも同じような助けを求められる、サポートを受けられる制度です。
 以前は、子ども・若者育成支援推進法が「ひきこもり支援」の法的根拠とされ、全世代が対象であるはずなのに、内閣府のひきこもり実態調査の法的根拠は同法であるし、自治体の担当窓口の中にはいまだに「青少年」や「若者」という名称の名残りが残っているところがあります。今は、生活困窮者自立支援法に基づいています。しかし、生活困窮という捉え方に違いがあって、経済的に困窮していないと支援を受けられない。例えば持ち家がある、経済的に余裕のある人は、現場で支援の対象から外れてしまいサービスを受けられないケースが数多くありました。これでは取りこぼしが起き、いずれにしても中途半端です。
 今年の通常国会で孤独孤立対策推進法が制定されましたが、ひきこもりの担当は厚労省の地域福祉課です。法律でいう孤独孤立はあくまで社会で活動している人たちにとっての孤独孤立であって、ひきこもる方の孤独孤立という視点が不十分なので、今後、現場が混乱するのではないかと危惧しています。

長妻 孤独担当大臣もいますから、ひきこもり担当の大臣がいてもいい。 今日はいろいろ課題を伺ったので、今日の話を糧として政治としての対応を進めていきたいと思います。どうもありがとうございました。

※2 当事者としての経験を活かし、同じ苦しみを抱える人の話を聴いたり相談相手になったりする人のこと。