80代の親が50代の子どもの生活を支え、経済的にも精神的にも行き詰まるという「8050問題」。背景には、長期化・高齢化するひきこもりの現状があります。社会は何を問われ、どんな支援が求められているのか。生き方の1つの選択肢であるひきこもりに向き合ってこなかった日本社会の根源的な課題を炙り出していると話す長妻昭政務調査会長が、NPO法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会(以下、家族会)」副理事長で、25年以上にわたってひきこもり現場を取材しているジャーナリストの池上正樹さんに話を聴きました。

池上 正樹(いけがみ・まさき)
1962年、神奈川県生まれ。ジャーナリスト。ひきこもり問題、東日本大震災、築地市場移転などのテーマを追う。NPO法人KHJ全国ひきこもり家族会連合会理事。

内閣府の「こども・若者の意識と生活に関する調査」(令和4年度)によると、15歳~64歳の生産年齢人口において推計146万人、50人に1人(15歳から39歳で2.05%、40~64歳で2.02%)がひきこもり状態であることが分かりました。

<ひきこもりの定義>
様々な要因の結果として社会参加(義務教育を含む就学、非常勤職を含む就労、家庭外での交遊など)を回避し、原則的には6カ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)。(平成19年 厚生労働省「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」)

DSC_8349ikegami.JPG

職場の人間関係がひきこもりの大きな要因

長妻 はじめに、池上さんがひきこもりの問題に取り組まれたきっかけを教えてください。

 学校現場の問題を取材していた際に、話かけても何も語らない、言葉を発しない若者に出会ったことです。自分自身が幼稚園から小学校まで学校では全く誰ともしゃべらない子どもで、後に「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう※1)」だと分かるのですが、自分一人だけがおかしいのではないかと周りから思わされ、ずっと孤独で孤立していました。そういう経験があったからこそ、過去の自分を見ているようで何とか解決できないのか、どうしてこういうことが起きるのかを知りたいと思ったのがきっかけです。
 当時1997年頃、調べて出てきたのが「ひきこもり」という言葉でした。世の中に知ってもらえるよう企画を立て、記事を書き、その後もずっと関心を持ち続けてきました。今所属している家族会が発足したのが2000年で、当時の創立者と出会いサポートを始めました。
 「ひきこもり」という表現は、厚生省(当時)がこの言葉を使ったのがきっかけだと聞いていますが、「こもる」は、心を閉ざして社会、人との関係性を遮断する状態像で、診断名が付く方も一定数いますが、これまで話を聴いてきた当事者たちからの肌感覚では、社会的な情勢や社会的要因がきっかけになって、こもり始めた方が多数ではないかと実感しています。
 内閣府のひきこもり調査では、15歳~39歳で62.5%、40歳~69歳で90.3%が就業経験のあることも分かりました。もともと不登校の延長という捉え方をされていましたが、必ずしもそうではない。もちろん学生時代のいじめや暴力なども複合的にはきっかけとなり、それが大人になってからフラッシュバック、後遺症のような形で出てくる場合もありますが、直接のきっかけという部分では職場の人間関係が因果関係として非常に大きな割合を占めていることが明らかになっています。

医療モデル型支援によるミスマッチ

長妻 国によるひきこもりの定義をどう思われますか。

池上 現在の定義は、精神科医らで構成する厚労省研究班が2010年に作成したガイドラインに盛り込まれているものです。精神疾患の有無の判断、受診といった治療面に重点が置かれ、臨床現場での知見などを基に「6カ月」という期間が設定されました。
 問題があるとレッテルを貼られ、それに対し何かしらの診断名を付けることで治療、医療に乗せて社会復帰、そして就労というゴールを目指すのが従来の支援の考え方でした。現在は、2015年に「生活困窮者自立支援法」ができ、就労がゴールという考え方は必ずしも、ひきこもり状態の人たちにはなじまない、現実的ではないと、国が「就労から生き方支援へ」と方針転換しました。
 一方で、ガイドライン自体が医療モデルになっているので、これまで現場レベル、特に自治体の対応としてはガイドラインに基づいて支援せざるを得ないのが実態でした。本人に診断名を付けることで行政の制度に乗せる。そのため、ご家族が相談に行くと「本人を連れてきてください」と言われ、本人が受診しないと支援、サービスを受けられない。そもそも、さまざまな事情から外に出たがらないし、怖いから人に会いたがらないのがひきこもっている人の特徴なのに、訪問しても会えるわけがなく支援が終了したり、支援する側とされる側の間にミスマッチが起きたりして、結果的にご家族自体が諦める、行政の支援に絶望、失望して相談までつながらずに孤立することが全国各地でたくさん起きています。これが今の8050問題を作り出した背景として大きいのではないかと見ています。
 最近の相談で深刻なのが親亡き後の問題です。親からも本人からも、あるいは兄妹姉妹からも相談が急増しています。相続や持ち家の問題など内容も深刻です。実際、親が亡くなると残された本人はどうしてよいか分からずに孤立死してしまう事例も少なくありません。あるいは、本人にそのつもりはないが、どうしていいか分からず遺体を遺棄して逮捕されてしまうこともあります。
 日本では、生活保護はイメージがよくないので、特にひきこもりになる人ほど申請したがりません。ひきこもるだけで負い目があるので、これ以上他人の世話、社会から面倒を見てもらうと、また叩かれるのではないかと感じるようです。生活保護とは違う形やネーミングによる給付金制度ができれば、将来の生活への不安もなくなり、前向きに生きていけるきっかけにもなるのではないかと思います。

長妻昭

想像力で一人ひとりのストーリーを知る

長妻 ひきこもりの状態にある方が今生きたいように生きるため、まさに生き方支援が必要ですね。ひきこもり状態にある方への支援として、どのようなアプローチが必要なのでしょうか。

池上 周囲の方々の関わり方としては、一人ひとりの心情に寄り添って関係性を持続すること。ひきこもるという行為に至ったそれぞれのストーリーに耳を傾けて、これまでの傷みを想像していくことが大事です。時間が経過するなかで、本人もなぜそうなったのか分からなくなってしまう人もいます。まずは話を聞いて、否定せず、一緒にその不安探しを一つひとつしていく。皆さんそれぞれ幸せになりたいわけで、そのために生き続けている。命や尊厳を傷つけられてきた自分を守るために、自死しないであえて生き続ける、生き延びるためにひきこもりという行為を選択しているわけです。だから希望はある。そんな本人が感じているささやかない希望にどう寄り添っていくかです。
 本人や家族にとって一番頼りになるのは身近な地域の自治体、公的な機関です。自分の情報が外部に知られることなく、かつ自治体の担当者が結論を押し付ける、枠に当てはめるなど、期限で区切るやり方ではなく、当事者それぞれの特性に合わせて、元々持っている好きなことや得意なこと、いわゆる「ストレングス」(強み)を周囲は見つけ出してあげることが大事です。本人も気づいていない場合もあるので、その強みが評価されることで劇的に状況が変わる事例はけっこうあります。
 家族会で発行している情報誌『たびたち』でも、本人や家族からハイブリッド型の編集会議で意見やアイデアを募り、それぞれの強みを活かして俳句やイラスト、写真などの投稿をしてもらっています。今はレイアウトを担当してくれている方もひきこもり経験者です。つながりを作り続けて、ひきこもりながらわずかではあっても収入を得ることができる。コロナ禍をきっかけに広がったテレワークや在宅ワーク、リモートワークという働き方で社会とつながって生きていける社会になってくると本人たちのよさが生きてくると思います。

※1 特定の社会的場面(学校や職場など)で話すことができなくなる精神疾患の一つ。

長妻昭