衆院本会議で3月27日、「情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」が審議入りし、柴田勝之議員が会派を代表して質問に立ちました。予定原稿は以下のとおりです。

「情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」に対する趣旨説明質疑

立憲民主党・無所属
柴田 勝之



 立憲民主党・無所属の柴田勝之です。
 ただいま議題となりました刑事デジタル法案につきまして、会派を代表して、すべて法務大臣に伺います。

 冒頭、一言申し上げます。参議院で新年度予算を審議中の一昨日に、石破総理は公明党代表と会談し、予算成立後に強力な物価高対策を打ち出す考えであると伝えたことについて、野党のみならず与党からも不満や批判が出ています。本日の参議院予算委員会で石破総理は申し訳ないと釈明し趣旨を説明されましたが、物価高対策は我々立憲民主党が衆議院での予算審議において、ガソリン等の暫定税率廃止などを予算修正の形で提案したにもかかわらず、総理・与党側からはゼロ回答でした。新年度予算案の内容が不十分だということを自ら露呈しており、こうした石破政権の不謹慎な姿勢を厳しく指摘し、質問に入ります。

 私は弁護士を30年やっておりますが、専門分野の一つとして刑事事件に取り組み、司法研修所の刑事弁護の教官を務めた経験もございます。その経験をふまえても本法律案には検討すべき点が多数あると思われます。

 まず、本法律案では、電子データを保管しているサーバの管理者などから、捜査機関等へ電子データを提供させる「電磁的記録提供命令」を新設しています。現行法でも、サーバの電子データをCDなどの記録媒体にコピーさせた上で、その記録媒体を差し押さえるということができますが、電磁的記録提供命令では、電子データをサーバからオンラインで捜査機関に提供させることもできるようになります。

 今日、クラウドサービスを提供する業者のサーバには、犯罪と無関係の個人情報を含む膨大な電子データが保管されています。電磁的記録提供命令によりオンラインでの提供が可能となれば、記録媒体にコピーして差し押さえるという物理的制約がなくなるため、さらに大量の電子データを提供させることが可能になると思われます。
 また、現在の捜査実務では、差押えの令状には、差押え物件の特定として、被疑者名・罪名の他には「本件に関係あると思料される」といった程度の記載しかないのが実情であり、電磁的記録提供命令では命令違反に対する刑事罰も新設されていることから、命令を受けた者は刑事処罰を恐れて、少しでも関係のありそうな電子データを幅広く提出することも予想されます。その結果、犯罪とは関係ない個人情報が、捜査機関に大量に収集され、蓄積されてしまうのではないでしょうか。犯罪と関係ない個人情報の収集・蓄積を避ける必要性、本法律案にそのための規定はあるのか、またその規定の必要性についてどう考えているのか、お答え下さい。

 犯罪捜査のために電話やメールなどの傍受を認める通信傍受法では、通信を傍受した後一定期間内に、捜査機関からその通信をした当事者に、傍受の事実が通知されることになっており、通知を受けた当事者は、傍受された通信が犯罪に関係ないことなどを主張して、裁判所に不服申立てができることになっています。本法律案による電磁的記録提供命令においても、サーバなどに電子データを記録していた者、以下ここでは「電磁的記録者」といいます、その者が記録していた電子データがサーバ管理者などから捜査機関に提供された事実を、捜査機関から「電磁的記録者」に通知しなければ、「電磁的記録者」は提供の事実を知ることができず、不当な電磁的記録提供命令を是正することができないのではないでしょうか。本法律案には、捜査機関が「電磁的記録者」に対し、電子データが提供された事実を通知する規定があるのか、また「電磁的記録者」に不服申立ての機会を与える必要性をどう考えているのか、お答え下さい。

 捜査機関からの通知がなくても、電子データを提供したサーバの管理者などから「電磁的記録者」に連絡があれば、電子データが捜査機関に提供された事実を知ることは可能です。しかし、本法律案では電磁的記録提供命令に伴う秘密保持命令というものも新設されており、この命令が出されると、捜査機関に電子データを提供したサーバの管理者などがその事実を「電磁的記録者」に連絡することすら禁じられてしまいます。不当な電磁的記録提供命令によって捜査機関に電子データが提供された場合でも、サーバ管理者などに対し秘密保持命令がなされれば「電磁的記録者」には提供の事実が一切知らされない、これは問題ではないでしょうか。現行法の差押えにはない秘密保持命令を新設した理由、またこの命令は具体的にどのような場合に発令され、いつまでの秘密保持を命じることを想定しているのか、お答え下さい。

 通信傍受法では、不服申立てにより通信傍受命令が取り消された場合、捜査機関が傍受したデータやその複製データを消去する規定が置かれています。しかし本法律案では、電磁的記録提供命令への不服申立てによって命令が取り消された場合の、データ消去に関する規定がありません。裁判所によって命令が不当であったと認められて取り消された以上は、捜査機関は提供データや複製データを一切消去しなければならないのが当然ではないでしょうか。このような場合に提供データや複製データを消去する必要性、またそれを本法律案に規定する必要性をどう考えているのか、お答え下さい。

 通信傍受法では、傍受データの保管は事件終了後一定の期間に限られることとされています。ところが、本法律案では、必要なくなった電子データや複製データの消去についての規定がありません。犯罪と関係あるかないかを問わず、捜査機関が個人情報をいつまでも保有することを認めるべきではないのではないでしょうか。事件の終了などによって必要のなくなった電子データや複製データを消去する必要性、またそれを本法律案に規定する必要性をどう考えているのか、お答え下さい。

 現行法による記録媒体の差押えにおいても、記録された電子データにパスワードが掛かっていると、捜査機関からパスワードを尋ねられることがありますが、答えなくても処罰されることはありません。電磁的記録提供命令においても、自分が刑事責任を問われるおそれがある事項については供述を強制されないという自己負罪拒否特権が憲法で保障されていることから、パスワードの供述が強制されないことは、法制審議会でも確認されているところです。しかし、電磁的記録提供命令には応じない場合の刑事罰があるため、現場で命令を執行している警察官等から、自己負罪拒否特権についての説明なくパスワードを尋ねられた場合、尋ねられた者は、答えなければ犯罪になってしまうと誤解して、パスワードを答えてしまうおそれがあるのではないでしょうか。電磁的記録提供命令を執行する警察官等が、命令を受ける者に自己負罪拒否特権の説明をする必要性、またそれを本法律案に規定する必要性をどう考えているのか、お答え下さい。

 ヨーロッパ諸国においては、刑事司法における個人情報の保護のための独立監督機関が設置されています。我が国でも通信傍受法では、裁判所による実効的な監督が図られています。今まで述べたような電磁的記録提供命令の問題点に鑑みれば、この制度が人権を不当に侵害することなく運用されていることを、裁判所、個人情報保護委員会あるいは新設する独立監督機関によって、十分に監督できるようにする制度を設けるべきではないでしょうか、お答え下さい。

 本法律案による刑事手続のデジタル化は、捜査機関や裁判所の利便性を大きく向上させますが、刑事手続の対象となる被疑者や被告人の利便性は取り残されています。例えば、身体拘束を受けている被告人等が、弁護人との接見をビデオリンク方式でできるようにする、いわゆる「オンライン接見」について、本法律案には規定がありません。予算上の制約もあり、オンライン接見を全ての施設に直ちに導入するのが困難であることは理解できます。しかし、本法律案では多くの刑事手続について、被告人等が裁判所に行かなくてもビデオリンク方式で手続ができるという、ビデオリンク設備の整備を前提とした制度を導入していますので、弁護人ともビデオリンク方式で接見できるようにすることは、それほど困難ではないと思われます。
 また、被告人等が弁護人の援助を受ける権利は憲法上の重要な人権ですが、身体拘束の場所が弁護人の事務所から遠隔地にあるために、迅速かつ十分な接見が困難になっている場合が少なくありません。何年か猶予期間を設けるとか、可能となった施設から順次導入するといった実務上の配慮をした上で、オンライン接見を導入することは可能ではないでしょうか。被告人等が適時に十分な接見により弁護人の援助を受ける権利の重要性をどう考えているのか、そして実務上の配慮はした上で本法律案にオンライン接見を規定することはできないのかについて、お答え下さい。

 身体拘束された被告人等は、弁護人から電子データを受け取ってタブレットなどの電子機器で閲覧することはできず、電子データをプリントアウトした紙で受け取って閲覧しなければならないため、現状でも電子データによる証拠の受け取りや検討に困難が生じています。本法律案によって、ますます大量の電子データが収集され、刑事裁判の証拠として提出される結果、この困難がますます拡大することが予想されます。
 自らの裁判に提出される証拠を自身で十分に検討することは、被告人の重要な権利です。刑事手続のデジタル化によって捜査機関や裁判所の利便性を大きく向上させる一方で、被告人等は置き去りというのは、あまりに不公平ではないでしょうか。刑事手続のデジタル化に伴って、被告人等に対しても電子データの受け取りや電子機器での閲覧を認める必要性をどう考えているのか、お答え下さい。

 刑事手続のデジタル化は時代の要請であり、それ自体を否定するものではありません。しかし、デジタル化にあたっては捜査機関や裁判所の利便性だけでなく、刑事手続の対象にされる被告人等、また電磁的記録提供命令などの影響を受ける関係者の人権を侵害することがないよう、十分な措置を講じなければなりません。そのことを最後に改めて指摘して、私の質問といたします。

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