2020年11月16日午前4時、渋谷区幡ヶ谷のバス停で休んでいたホームレスの女性が、近所に住む男性に石などが入ったポリ袋で頭を殴られ死亡しました。その事件をモチーフにした映画「夜明けまでバス停で」の脚本家の梶原阿貴さんを迎えて、長妻昭政務調査会長が「自己責任論を超えてコロナ禍を生き延びる」と題して対談しました。

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「夜明けまでバス停で」公式HP 監督:高橋伴明 出演:板谷由夏、柄本明、根岸季衣 等
梶原阿貴さんのプロフィール: 脚本家 俳優 日本シナリオ作家協会理事 日本映画大学非常勤講師
※敬称略

コロナ禍、バス停で殺害された女性ホームレス「彼女は私だ」

長妻)事故現場の渋谷区幡ヶ谷は、私の選挙区内でもあり大変ショックを受けました。何度も現場に行き、お参りし、一周忌も参りました。「彼女は私だ」という運動も起きました。 本当にやるせない事件です。理不尽というか、社会を覆う空気の力、同調圧力にあらがおうとして、なかなかあらがえない。「自己責任」という言葉が映画にも出てきましたが、空気が強くて声を上げられない社会全体のあり方について考えさせられる作品だと思いました。

梶原)そもそもこの映画を作ろうと思ったきっかけは、私もバス停のすぐ近くに住んでいたことがあり、事件当時は引越していましたが、私がこの大林さんを見かけていたら、何ができていたのだろうか。何ができなかったのだろうかと考える中で、亡くなってしまった後にできることは何だろうかと考えました。私は映画を作る人間なのだから、これを映画にして多くの人に観てもらうことで、彼女の死を忘れずに、もう一度こういう社会について考えていただくきっかけになればという思いだけで作りました。

長妻)報道によると、加害者は近所に住む、引きこもり気味の男性とのことでした。事件の後、裁判が始まる前の保釈中に死亡(自殺とみられている)し、動機も含めて裁判でも明らかにはなっていません。

映画の中では加害者も被害者もつくらない、社会の理不尽を問う

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梶原)この事件を、単なる個人対個人の問題と思ってほしくない。これは社会が生んだ事件ではないか。例えば、加害者側を見てみると8050問題(※1)になります。社会の問題として皆で考えてほしいということを提案したかった。映画の中では、殺されない、殺させない。加害者も被害者も作らないという思いをエンターテイメントの力を借りて広めていけたらと作りました。
 ※1:80代の親とひきこもり状態の50代の子が同居する世帯の孤立化・困窮化に伴うさまざまな問題をさす。

長妻)共感します。どのような事件でも、加害者と被害者がいますが、社会的背景はどうだったのかに、なかなか思いが至らない。その事件の背景や根底にある社会構造的問題を深堀りするということが、最近はマスメディアも少なくなっている。映画という形で時間をかけて作り上げていくのは、共鳴する試みだと強く思います。

 捜査を長らくやってきた警察官の方々が異口同音におっしゃるのは、犯罪は悪いけれど、そこには背景がある。その背景をなくさない限り常に犯罪者は生まれる。犯人を裁くと同時に、その事件の背景にある社会についてもなんらかの改善を促すなど、セットでやっていかないと、犯罪はなくならないと映画を観て強く思いました。

生活保護で命が救えない理由

梶原)舞台を新宿中央公園にして、都庁を映すということで象徴したのは、こういうさなかオリンピックをやったことへの批判を込めました。コロナでこんなに大変な時に、公園に住んでいる人たちを排除して、オリンピックを行いました。元々、オリンピック招致の時に、福島の第一原発を「アンダーコントロール」と語ったことから始まったオリンピックに対する怒りを込めました。

長妻)ホームレス状態や生活困窮状態にある人の支援を都庁の真下でやっている、「(認定NPO法人自立生活サポートセンター)もやい」の手伝いをしたことがあります。相当な人数、リーマンショックの時を超えた人たちが並んでおられて、若者や女性も多いです。 上を見ると都庁の立派な高層ビルがあって、その真下にホームレスの方たちがブルーシートと段ボールの所に住んでいる。そこを毎朝、都庁の職員の方が通勤で通り過ぎていきます。本当に象徴的な場所です。

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 私もホームレスの方とお話する機会がありましたが、1、2年くらい屋外で生活、ホームレスになると、精神的に相当きつくなり、精神疾患になってしまう方も多いということです。報道によると、大林さんは4年間くらい家がなかった。4年間は相当長い期間です。分かった範囲では生活保護の相談も申請した形跡もないという報道がありました。 映画の中でも、すごく真面目で自己責任感の強い女性として描かれています。実際もそうだったと思います。人に迷惑をかけてはいけないという人で、すごく責任感の強い人から崩れていく。そういう社会を本当に変えていかないといけません。

梶原)役所の職員が「保護なめんな」(※2)と書かれたジャンバーを着て、生活保護を申請させないようにしていたことがありました。数字で見ると、生活保護の捕捉率は10%台(※3)で、受給資格のある人たちのほとんどがもらっていない状態が続いています。 生活保護の対象であってももらってはいけないとしつけられてきました。それこそ自己責任論を含め、小さい時から人に頼るなという教育を受けてきました。社会全体もそのような空気ですし、国の首相に「自助、共助、公助そして絆」と言われると、ますます自分で何とかしないといけないと思ってしまいます。おかしなメッセージだと思います。
 ※2:小田原市の職員が生活保護受給者を訪問する際に、「保護なめんな」などとプリントしたジャンパー着用していたことが問題になった。
 ※3:日本弁護士連合会HP生活保護Q&Aパンフ (nichibenren.or.jp) 2010年生活保護の捕捉率15.3-18%

長妻)行政は、こういう事件が起こると、「相談窓口があるのに、なぜ相談してくれなかったのか」と安易に言いますが、実際には声を上げにくい、相談しにくい。日本は自己責任論が行き過ぎてしまったと私は思っています。生活保護は、本当は憲法で保障された権利ですが、人の目もあるし、申請すると非難されるのではないかとためらう。権利を主張しにくい空気が日本には強くあります。

梶原)自己責任という言葉が出てきたのは2004年のイラクの人質事件が発端だと思いますが、あの時から安倍政権を経て、どんどん加速度的に強くなっていきました。 生活保護は恥ずかしくないし、生きるための権利だというメッセージが全然届かない。ホームレスになる人は、だらしがない、怠けている、働く気がないのだといった偏見があります。

長妻)ホームレスの方に、生活保護を受けない理由をそれとなく尋ねると、一つは「本気で言っているのか、国の世話なんてなれない、自分で生きなければいけない」と質問自体に怒って答える人。もう一つは、1回生活保護を受けた時に、扶養照会で故郷の親族に通知が届き、兄弟から「みっともないことをするな」と怒られて、また路上生活に戻らざるをえない人もいました。 日本は祖父、孫にまで扶養照会がいくことがある。そんな国は諸外国ではありません。日本くらいです。国会でもとりあげて、政府も徐々に改善する方向のことは言っているのですが。 

梶原)扶養照会が生活保護申請の相当なハードルになっています。あと、住所がない時点で10万円の給付金もおそらくもらえない。一番必要な人たちの所に10万円は届かない。問題がありすぎて、どこから手を付けて良いのかと思います。

社会を引き裂く貧困・格差

長妻)社会が分断され、身近に貧困・格差に喘ぐ人がいない人たちが、あの人たちは自分たちとは違う人たちだという意識が強まっているように感じます。しかし、私も含めて誰もが、一つ二つの何かが起これば、今の日本では、いつでも家がなくなるリスクがある。誰でもそのようになる可能性があることをもっと知ってほしいです。    

 映画の中でもう一つ印象的だったのは、彼女が働いている居酒屋の情景です。上司のパワハラ、外国人労働者、高齢のホームレス女性などいろいろな立場の方が出てきます。

梶原)能力がないのに二代目だというだけで、権力を振り回すマネージャー。居酒屋という小さな社会でも、日本社会全体で起こっていることの縮図があります。被害に遭うのは、特に中高年の女性、非正規の女性で、リストラされるのも彼女たちが先というのは、今の縮図として描きたかったことです。

長妻)自分が非正規なのは自己責任、自分の努力不足だとおっしゃる方が多い。非正規雇用が被用者の4割を超える今、社会構造的な問題、自分の努力でどうこうできない問題です。その社会政治の問題と自己責任を混同すると、自分で抱え込んでしまう。しかし、それはわれわれ政治の責任でもあります。


「自己責任論を超えてコロナ禍を生き延びる」脚本家梶原阿貴さん×長妻政調会長の対談