※6月13日参院内閣委員会での参考人質疑の記事を追記

 子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないか確認する制度「日本版DBS」を創設する法案が国会で審議中です。学校や塾などで子どもの性被害が相次ぎ、どうしたら子どもを守ることができるのか、効果的な施策が求められています。

 福岡県は2019年に性暴力根絶条例を制定し、性暴力被害者支援とともに、加害者にならないための支援として、加害者相談窓口を設けるなど先駆的な取り組みを進めています。県議会議員時代に条例の制定に関わった堤かなめ衆院議員が、性障害専門医療センター(以下「SOMEC」)/性犯罪加害者の処遇制度を考える会代表の福井裕輝さんから話を聞きました。

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右)堤かなめ衆院議員 左)福井裕輝SOMEC代表理事/犯罪精神医学研究機構 代表 京都大学医学部附属病院精神科、法務省京都医療少年院、厚生労働省国立精神・神経センターなどを経て現職。 京都大学医学部精神科非常勤講師。京都大学博士(医学)、精神科専門医、精神科判定医 内閣府性犯罪被害者支援に関する検討委員会委員等

堤議員)福岡県の性犯罪認知件数は、全国でワースト2位が続き、2012年には福岡県警察本部の運営指針「3大重点目標」の1つに性犯罪・性暴力対策を盛り込むなど、取り組みを強化し、2019年2月には全国初の「性暴力根絶条例」の制定に至りました。

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この条例の画期的な点として

(1)2019年段階で、性暴力の定義を「同意がない、対等でない、または強要されたもの」とした点は、2023年6月に成立した性犯罪刑法改正で創設された「不同意性交等罪」の先駆けとなるものと自負しています。

(2)性犯罪として立件するには被害直後の証拠の採取、保全が重要です。性暴力被害ワンストップ支援センターの連携する約30カ所すべての病院に証拠を採取できるキットを備え、保全するための高額な機器を設置しました。そのための予算を付けています。

(3)性暴力加害者の更生を促すとして加害者相談窓口、性犯罪者の住所の届出等を定めました。

(4)県内の学校に性暴力対策アドバイザーを派遣する等の性教育を強化しました。

 今回は、主に3番目の加害者更生支援について話をお聞きします。

被害者を生まないためには加害者をなくすしかない

堤議員)福井先生が活動しているSOMECについて教えてください。

福井さん)SOMECを立ち上げたのは2011年です。加害者に対する対策が、全然なされていませんでした。そこで、国に加害者対策をするように訴えていこうとNPO性犯罪加害者の処遇制度を考える会(以下「考える会」)を立ち上げました。メディアも加害者更生は大事だとは言いますが、何も変わらないのが現状です。

 加害者治療は保険適用できないという中で、自費ですが実際に患者を受け入れる窓口、受け皿を作ろうと、考える会の下位組織として、SOMECを東京に立ち上げたところ、その後どんどん患者が増えて今は、月に新患だけで70名~80名程度です。大阪、福岡と支部を作りました。性犯罪加害者の治療を自費で行っています。

 新型コロナをきっかけに、オンラインでもやるようになったところ、北海道から沖縄まで来るようになりました。治療は、簡単に言うと認知行動療法、あるいは本人の希望に基づいた薬物療法です。

堤議員)福井さんは福岡県の性暴力根絶条例の制定時に委員として関わっていただきましたが、その条例に加害者更生支援が盛り込まれました。

 その時私も検討委員会のメンバーでしたが、精神科医のメンバーから、加害者更生の支援も必要だという話がありました。具体的には福井先生が審議会の委員になられて、条例に盛り込まれたのだと思います。

福井さん)性犯罪加害者の届出は、大阪府が最初にやりましたが、私は加害者治療とセットで社会福祉支援をしないと意味がないと提案し、社会福祉支援のための届出制という形で条例が出来上がりました。でも、実際始まったら、予算もなければ結局何も治療できないという状況でした。

 福岡県で進める時には、大阪のことを踏まえて、性犯罪加害者の届出と社会福祉をセットにし、かつ治療につなげることを大前提で進めました。

 実際、条例もそういう形で出来上がり、しかも治療費も県が7割負担することになりました。当時は、画期的な条例になったと思いました。実際始まって予算もつき、年間数十名までは治療費を出せるというところまで行きました。

 ところが、実際に届出制が始まっても、情報を行政に知られるのが嫌だということで実績はゼロです。でも相談は多いです。

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性加害を防ぐ効果的な施策とは

堤議員)相談は犯罪歴がある人ではなくということですね。

福井さん)そうです。相談に来て、実際上は治療が必要かどうかについては、ある程度スクリーニングをしないと。ただやっていても意味がないということで、実際にリスクのある本当に治療の必要がある者は、結局窓口に来ないままというのが現状です。

堤議員)治療はすごく大事だと思っています。例えば、台湾では、精神治療やカウンセリング受診を勧奨して、受診しなかったら起訴するという起訴猶予制度があります。国が法律として、加害者に処遇命令が出せる。そうしないと本当に必要な人が相談や治療につながらないということになります。

福井さん)起訴猶予は、例えばアメリカも州によっては同じようなことを行っています。ほとんどの所が、治療命令では効果がない、きちんと受診しない場合に起訴して刑務所に入れるのが主流です。

堤議員)ある程度の強制力がないといけないということですね。

堤議員)今、審議中の日本版DBSについてはどうお考えですか。

福井さん)日本版の発想は隔離や監視です。それは1980年代の手法で遅れています。

 このままでは、ほとんど効果がないと思っています。対象が少ないといった問題等いろいろ理由はありますが、結局はいたちごっこです。学校、塾、トイレ等、加害する場、子どもと触れ合う場はいくらでもあります。

 網をどんどん広げてかければいいという意見があります。その極端な例がアメリカのミーガン法で、性犯罪者を全員、ホームページに名前、住所を写真付きで全部出したら、監視の目が広まるから再犯をしないのではないかと1990年代に行われましたが、結果として効果がなかったと言われています。究極にやってもそれで減らせるわけではありません。

 効果的なのは、社会福祉支援をセットにすることです。例えば教員の職に就けないようにデータベースに載せるだけではなく、その時に治療が必要なら治療に結びつける。あとはむしろ子どもに接しない別の仕事に就けるように職業訓練や仕事のあっせんに予算をかける。そうすればその人の経済的基盤ができ、そこで生きていこうとなる。アメリカ等の海外は基本的にそういうことをやっています。

実態を知り、犯罪が起きる前に防ぐ性教育が必要

福井さん)小児性愛と診断がつくのは5%ぐらいいると言われています。身の回りは20人いたら1人はいるということです。身の回りにたくさんいるということですから、全体として考えなければいけないです。ひたすら排除すると言っても、排除しきることがほとんどできない。そういう認識を正確に持つということ。その辺の啓蒙が足りません。やっと近年になって語られるようになってきました。  

 小児性愛者は普段から素行が悪いわけではなく、ごく普通に仕事もしています。知能も問題があるわけでもないです。でも、小児性愛者がターゲットを見つけたら、それは犯罪になります。エスカレートした時の影響があまりに大きいです。だから、行動に移さないように、自分の性的妄想の中でとどめるようにする。思考の問題と、実際に行動に移すところには線引きが必要で、一生何もしないで終わっていく人もたくさんいます。

 でも今は、その思考があるだけでロリコンと言われて追いやられる。日本は、カミングアウトなんて、とてもできない文化ですよね。国民の意識もありますし、啓蒙も必要です。

堤議員)福岡県の性暴力根絶条例で特に重要と考える1つに、教育啓発です。公立小中高の全校に性暴力対策アドバイザーを派遣しています。子どもたちも性教育を受けていないと、何が性暴力か認識できないから相談もできません。

福井さん)もう少し広げて言うと、医学で予防という概念がありますが、1次予防、2次予防、3次予防と言います。1次予防は、そもそも1つ目の犯罪が起きる前に防ごうという啓蒙です。一般内科で言うなら、例えばメタボみたいになったなら運動して食事制限するというレベルです。

 そういう前の段階で、何かこの人危ないとか、ちょっと様子が変だということに気づく。そういうことに気づくための性教育が、国レベルもそうですが、親も不足しています。さらに最近はSNSを使って巻き込まれるケースもあるので複雑化しています。教員も生徒とラインを始めたところから事件につながることもあります。今は、ネットリテラシーを合わせてやる必要があります。

日本には重大犯罪への予防政策がない

福井さん)性犯罪に限らず例えば子どもへの一般的な虐待、ストーカー等の重大な犯罪については海外では予防のためにさまざまな手を打っています。

 以前、調査のために海外へ行った際に、日本の重大犯罪への対応を聞かれて「逮捕、裁判、実刑、出所で終わり」と説明したところ、「何か政策があるとは言えない」と言われました。そういった社会政策が何もされていないのです。全ての犯罪に対してそうです。

 例えば10代後半、高校生ぐらいになったら小児性愛の兆候はみな自覚もあるし出ています。そういう段階で、例えばオーストラリアでは、とても手厚いです。医療を100%国費でみることで、被害者を減らし、実はトータルコストも下がるというデータがあり、法律で制度化して実施するという形です。日本は遅れています。

堤議員)高校生が自分で病院に行くのですか。

福井さん)自分で行きます。

堤議員)以前、福井先生のインタビュー記事を読んで、自分がこのままだと犯罪者になってしまうという危機感を持って、自ら福井先生のところに治療に行く人がいると知りました。そういう人が増えてくるということですかね。

福井さん)そうですね。オーストラリアがDVや性暴力をゼロにしようと本気で社会全体で取り組んでいるので、自分が加害者になってはいけないと小さい時から分かっているからだと思います。

 私たちも社会全体で性暴力をなくしていかなければいけないという気運を作っていくべきです。10年前に比べたら出てきていますが、まだまだです。

小児性愛者の8割は幼少期に虐待経験 虐待の連鎖を断ち切る

堤議員)性加害者の中には、小さい時に性被害を受けているといったことはありますか。

福井さん)そういう連鎖はあります。日本では、そもそも小児性愛の診断もついていない状況なので統計データはありませんが、海外では、小児性愛者の83%とか84%が、幼少期に性的虐待含めた虐待体験を受けているというデータがあります。実際、私の患者に話を聞いても、8割、9割だと思います。

堤議員)逆に言うと、早く介入し、児童虐待をなくし、この連鎖を断ち切ることができれば、小児性愛と診断がつく5%という数字はだんだん減っていくということですね。

福井さん)そうですね。

堤議員)少年院にいる子どもたちには性暴力の被害者が多いと言われています。少年院で性教育、命の安全教育をやってみたらば、子どもたちの反応がとても良かったと聞いたことがあります。性教育を受けて、被害にあったら被害者のための相談窓口があるし、どうしても自分が加害してしまいそうなら、相談窓口がある。何かあったら加害者治療を受けることもできる。そういうことを教えておけば、何かの時に、自ら受けに動く人たちが増えるかもしれません。

福井さん)われわれのところに全然つながってないのが家庭内の性暴力です。治療にもつながっていません。それこそもっと別のDV的な力関係が加わって複雑です。これも大きな課題です。

 少しずつ変わってきていますが、日本は被害者がやっと声を出せるようになったレベルです。

堤議員)ネットをはじめ性暴力があふれているのが現状ですが、社会全体として性暴力をなくそうという空気に変わってくことが、施策の効果を高め、性被害を減らすことになります。そのためには犯罪を予防できるような実態に即した性教育を行うことや加害のリスクのある人が治療につながること等が必要になります。効果のないことに税金を使うことがないように、発想を変えていく必要があると思います。

 今日は貴重なお話をありがとうございました。

6月13日 参院内閣委員会での参考人質疑

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 参院内閣委員会で6月13日に、日本版DBS法案(「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律案」)の参考人質疑が行われ、福井裕輝さん(NPO法人性犯罪加害者の処遇制度を考える会/性障害専門医療センター代表理事)が参考人として意見を陳述しました。

 福井参考人は「司法精神医学、法律と医学の境界の分野の医師、治療を含めた社会復帰支援の観点から、性犯罪加害者、ストーカーの加害者、クレプトマニア(窃盗症)の研究、治療を行っている」「理念は被害者を生まないために加害者の治療を行う。それによって犯罪を防ぐ」と自己紹介しました。

 福井参考人から、小児性愛障害の定義、純粋型と非純粋型に分類できること、おおむね人口の5%に小児性愛が存在すると言われていること、そのうち80%が男性が占めること、被害者は男女同数程度、小児性愛の8割は子どもに接近すると言われていること等の説明がありました。

 日本版DBSについては、「DBS単独では、ほとんど効果がない」と指摘し、「イギリスでは、加害者治療、社会福祉支援があってそこにDBSが入ってきた」と日本との違いに触れました。治療についても、日本において性犯罪治療は保険の対象外で、自費になること、日本は世界から40年遅れているといった話がありました。

 今後必要となるものは、リスクがあるのか、治療なのか刑務所での更生か、どういった支援が必要かを決めていく。社会復帰支援、職業教育、就職支援、住宅、健康、などの生活のサポート、必要があれば医療的治療等、包括的支援こそ再犯を防ぐとの考えを述べました。

 鬼木誠参院議員は福井参考人に「性犯罪加害者の治療の間口をどう広げるか」質問しました。福井参考人は「治療との連携は、保険医療でもないということもあり、日本全体の中で性犯罪加害者を治療できる、関わっている医師も指で数えられる程度という現状なので、仮に治療につなげる法案ができても受け入れ先がないというのが実際的なところ」と日本の現状について説明しました。さらに、「単純に治療だけで全部ができるわけではない。経済的基盤がある、生活が安定している上での治療なので、社会復帰支援と一体化した制度設計でないと役にたたない」と述べました。

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