憲法学者の長谷部恭男教授から「緊急事態条項」「予備費」等について憲法上、どのように考えるか、その問題点と憲法の役割について話を聞きました。
長谷部恭男(はせべ やすお)憲法学者 早稲田大学法学学術院教授、東京大学名誉教授
憲法と緊急事態条項
大日本帝国憲法(旧憲法)は、緊急事態に対処する措置として、第8条の緊急勅令と第70条の緊急財政処分を用意していました。第70条では、緊急の場合には政府の判断で、国債の発行、特別会計の資金流用、予算の変更等を帝国議会の承諾なしにできるとされていました。そのほか、国庫剰余金の予算外の支出も許容されていました。
戦後、日本国憲法(現憲法)が作られる過程で、日本政府は、緊急事態に対応する規定が必要と考え、旧憲法8条と70条に相当する案を用意しました。それに対して、GHQ(連合国総司令部)は、緊急時に対応する法律をあらかじめ作っておいて、その法律によって政府に事前に広範な権限を与えておけば足りるはずだと回答しました。これに対して日本政府は、そうであれば実効性を確保するために政令以下の命令でも罰則を規定できるようにしてほしいとし、GHQがこれに応じて現憲法73条6号で、法律の委任により政令で罰則を定め得ることとなりました。
ほぼ同じタイミングで、衆議院の解散時に、参議院に国会の権能を代行させることもGHQとの協議で決まりました。第90回帝国議会で憲法問題担当の金森徳次郎大臣は「財政上の緊急措置或は緊急勅令とか云うものは、ないことが望ましい」「我々は過去何十年の日本のこの立憲政治の経験に徴しまして、間髪を待てないと云う程の急務はない」と、太平洋戦争を経ていましたが、そんなことはなかったと答弁しています。緊急時には、臨時国会を召集する、衆議院が解散されていれば参議院の緊急集会をもって暫定的に代える、非常事態に対応するための臨時措置の規定を必要な法律に編入することで、対応可能だと考えられていました。
緊急事態には参議院の緊急集会で対応
緊急事態への対処は、衆議院議員の任期満了後の場合も含め、現憲法の参議院の緊急集会で対応すべきと考えます。その理由は、①緊急事態への対応は、あくまで暫定的措置にとどめるべきである。衆議院議員の任期を延長して国会を存続させると、暫定的措置ではなく、通常の法律が成立してしまう。緊急時の名のもとに、平常時の法体制が半恒久的に改変されるリスクが大きい②緊急事態は可能な限りすみやかに終了して、平常の状態に移行する必要がある。はじめから長期間にわたって緊急事態が継続すると決めつけるべきではない。常識論として、1、2年総選挙ができないことを予測できることは普通はない。先のことは分からないのに、1、2年延期しようとするのかと、痛くもない腹を探られ、実際には発動は難しいと考えられる。③内閣の民主的正統性も暫定的なものにとどまることを広く知らせる意味合いがある。衆参両院に支持されてはじめて民主的に正統な内閣が成立・存続すると考えられる――からです。
現憲法「予備費」と旧憲法「緊急財政処分」
ここ数年の現憲法87条予備費の使い方には問題があります。何十兆円もの予備費を設け、あらかじめ政府に支出を委ねてしまう。これでは旧憲法の緊急財政処分や予算外の国庫剰余金支出を現憲法下で認めているのと実質的には同じことになってしまいます。現憲法下では認められていない緊急事態条項であるかのように87条を使っていることに対して、私は懸念をもっています。
財政法24条では「予見し難い予算の不足に充てるため、予備費を計上する」とあります。ところが新型コロナ対策、物価高対策のために予備費を計上するというのが、果たして「予見し難い」と言えるのか、財政法24条に違反している疑いがあるのではないか。
財政関係に限らず、緊急事態権限のかなりのものは国会が果たすべき仕事を国会が果たさずに政府に預けてしまうことを意味しています。国会の議決抜きで政府の歳出を可能とすることを、慣行上も認めていくことは大いに懸念すべきことだと考えます。
法律に代わる命令の発出を政府に認める制度は、国会の任務の放棄であり、自分たちで法律をわざわざ作らなくても、政府は代行命令で対応することができることになります。
ワイマール憲法は、憲法そのものとしては優秀なものと言われていますが、その崩壊の1つの要素になったのはワイマール憲法第48条の大統領の緊急事態権限と言われています。いざとなれば大統領が緊急措置で予算も立法もこなせる。大統領は、公共の安全および秩序を回復させるためという名目で必要な措置をとることができる。そうなると、議会は自分たちで機能する多数派を形成する必要がなくなり、議会の機能麻痺が常態化するという意味で大統領の緊急事態権限が働いていました。結局は共和制、立憲制そのものを崩壊させかねない要素をもっています。
憲法の役割
憲法を「改正」して文言上、事態を明確化すれば、政府の行動をよりよく縛ることができるのか。憲法で規定している政治権力者とはどのようなものか、よくよく考えるべきです。現憲法53条臨時国会召集の文言にも関わらず、安倍内閣等は臨時国会を召集しようとはしない。また、憲法87条の規定を政府は事実上の緊急事態条項として運用しています。書かれている通りには動かない。明確に規定すれば、権力者が書いた通りに動くかと言えば、こちらの考えている通りにはならない。
日本は帝国か、共和国かという問いがあります。フランス語では天皇がいるため、日本帝国(※1)と訳されます。国政レベルでは有権者たる国民が政治で責任を果たす面があるので、共和国とも言えます。この点、学界でさしたる議論はありません。あまり関心をもっていただかないほうがいいこと、議論を始めると無用な対立を生み出すこともあります。
物事を明確化しないことが、ときには有用なこともあります。対立する多様な立場が憲法に読み込まれることで、国民としての統合が保たれる。憲法の主要な役割の1つは、国民の抱く多様な価値観や世界観の対立にもかかわらず、国家としての統一性を保つこと。憲法による統合、憲法を通じて国民は統合される、国家としても統合される。国民の間にはいろいろな見解、立場がありますが、それをこの立場をとるのだとはっきりさせてしまうことが国民の統合の手段として適切なのかは考えるべきです。
※1「l’empire du Japon」