東日本大震災・原発事故から 10年を超えて それぞれの「あの日」から
末松義規 衆議院議員(東京都19区)

イラン・イラク戦争時、バクダッド駐在外交官として緊急事態下の人たちに寄り添った末松義規議員。その経験を活かそうと宮城県の政府現地対策本部長に志願。どのような決意、考え、方法で復旧復興に当たったのか、また、今後の災害対策の課題について聞きました。

現地対策本部長を志願

――震災当時の様子について 内閣府の副大臣に就いていて、「子ども・子育て新システム」に関する会議の最中に被災しました。急に本棚の扉がバーンという音とともに開いて、本や資料がぶわーと飛び出してきました。少し揺れが収まった時に10階の部屋の窓から外を見ると、大勢の職員が庭に避難していました。内閣府の建物は築50年近く経っていて、危ないと思ったのでしょう。実際、後から分かりましたが、建物にかなりヒビが入り、一部の出入り口が使えなくなっていました。

 この大災害を受けて私は、上司の松本龍防災担当大臣(当時)に被災地の手伝いをしたいと申し出ました。すぐに松本大臣から宮城県に設置した政府現地対策本部に本部長として行くよう指示がありました。それで震災から1週間後、国土交通省の屋上からヘリコプターに乗って現地に向かいました。被災地行きを志願したのは、東京での類似の大規模災害を想定し、それに対して備えておきたいという思いもあったからです。

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現地現場主義を徹底

――現地対策本部長として最も重視したことについて それは現地を見るということです。到着してから2週間は、各地をずっと回り、被害の状況を逐一チェックしていきました。それから県庁の担当者とは毎日連絡を取り合いました。避難所で皆さんがどういう生活を送っているのかなど、現実を直視する機会を重視しました。私と共に行動した役人たちはヘトヘトになっていましたが、叱咤激励しながら一緒に現地確認を行いました。

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大臣に直談判で要望を実現

――現地対策本部の取り組みについて とにかく日常生活を取り戻すことに集中しました。電気、ガス、水道、それから鉄道。こうした生活インフラの復旧は各省がそれぞれに尽力しました。避難所の皆さんが快適とまではいかなくても、できるだけ不便を感じないよう食事配布やトイレのあり方などに気を配りました。
 宮城県では津波による被害が甚大でした。例えば、津波被害のレベルが0から10まであるとすると、10に近い自治体では、役場が全く機能していませんでした。それで本省からどんどん人材を投入してもらい、被災者のニーズをすくい取り、助力していくことに徹しました。

 そのほか、いろいろな問題が起こりました。例えば、障がい者の方がどこにいらっしゃるか居場所が分からなかった。それでいくつもの障がい者団体に連絡し、障がい者の方々の所在情報を確認したり、緊急時の援助の方法について話し合いました。それから住民の方々のペットの扱いも難題でした。ペットは、それを飼っている人々にとっては、家族と同様の存在です。そうした人々からはペットを避難所に連れてきたいとの訴えがありました。結局、犬の鳴き声の問題などもあり、飼い主の意に沿えない苦渋の決断をせざるを得ないこともありました。

 このようにして4カ月くらいの間、仙台にある宮城県庁に陣取って、各省の代表者と対策会議を毎日開き、復旧状況をチェックし対策を講じていきました。現場の判断でできることは、その場でバンバンと指示を出し実行に移していきました。現場の力だけでは動かないことは、関係省庁の大臣らに直接連絡をとり、トップダウンで進むようにしました。村井知事からの要望はほとんど全てスピーディーに実現しましたので、随分感謝されました。

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災害対策の「目利き」集団をつくる

――今後の復興再生の進め方について 大災害時における法制度や人員確保、財源手当などをかなり学んだおかげで、しっかりとした災害対策システムが出来上がったと思います。まずはそれをきちんと活かして、将来の緊急時に備えなければいけないと思います。さらに言えば、米国のFEMA(Federal Emergency Management Agency)、いわゆる「緊急事態管理庁」のように、政府が統一的な災害対応をとれるような組織が必要だと思います。

 具体的には、復興庁を母体にし、日本版FEMA、緊急事態管理庁を創設するのです。その際、特に大事なのが人材です。平たい言葉で言うと、「目利き」を育成することです。つまり災害対策の専門家、目利きの集団をつくり、そのノウハウを継承していく。

 宮城県で被災した自治体を見ても、災害対応に慣れた役所とそうでない役所では、天と地ほどの差がありました。それで住民の幸せが決まってしまいます。迅速かつ適切に対応できる自治体ならば、被災者の苦痛を半減させたり、かなり和らげたりすることが可能です。各自治体が目利きを育てることが非常に重要です。そして国には日本版FEMA、緊急事態管理庁を創る。そこでも目利きを維持し、育成していく。そうすることで、日本の災害対応のスピードが飛躍的に高まると思います。

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