「日本が生き抜くための経済安全保障とは」と題して行った東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授と経済安全保障PT座長の岡田克也衆院議員が対談。立憲民主党は衆院内閣委員会の質疑で修正案(下記PDF参照)を提出しましたが、否決されました。ここでは、今回成立した経済安全保障法に盛り込まれた4つの柱の内容を中心に語ってもらいました。
◆自由な経済活動へのリスク 「重要物資の供給網確保」
鈴木)特定重要物資に関しては、政令で定めることになっていてまだ定まっていません。政府は、時代や技術の変化に合わせて政令で変えていくと説明していますが、問題はその予見可能性が低いことです。事業者側は、自分たちの扱っている物資が、その対象になるかどうかでビジネスのやり方は変わっていきます。同時に、安定供給を進めていくにあたり、政府から求められる内容が不利益になる場合もある。政府が何が重要なものか、なぜ重要なのか等をきちんと説明をしていくことが必要で、そうした対話は極めて重要だと思います。
岡田)これは、自然災害や戦争、あるいは供給側に対して需要が大幅に上回るような場合を念頭に置いた規定ではありません。あくまで外部から行われる行為によって供給が途絶える場合に備えた規定です。当然必要なことですが、他方で企業にとっての秘密情報に政府が手を突っ込んでくるリスクがあります。よほど気をつけないと、民間の事業者の自由な経済活動に対する介入になりかねない。そのバランスが非常に大事です。
鈴木)鍵になるのは「経済インテリジェンス」です。つまり、どこからどういう値段で仕入れているかは、企業の経営秘密の中心になることです。一方、全体の流れや、市場シェアなど統計的な資料は、個別の企業に調査しなくても見えてくるはずです。政府の役割は、マクロな数字や流れをきちんと把握しながら、サプライチェーンの中で必要な素材部品、物資がどこにあるかを情報としてきちんと提供することです。そういった政府の努力と、それで足りない部分は個々の企業の協力を得るというように、補完的にすべきだと思います。
民間事業者が自助努力でやっている時に政府がいろいろな形で介入することは、結果的に競争力を失わせることにもなりかねません。日本は自然災害も多く、サプライチェーンが乱れた時に企業がどういう努力をしてそれを回復していくかは、個々の企業の問題であって政府が全体でどうこうする話ではない。一番重要なのは日本の経済安全保障を高めるためには企業の競争力を高めることであって、そこを最大限重視してやってもらいたいと思います。
◆事業者と丁寧なコミュニケーションを 「基幹インフラ(社会基盤)設備の事前審査」
篠原)規制対象となる事業、事業者、設備が必要最小限度にとどまるのか、あるいはどのような基準で選ばれていくのかが大きな問題になると思います。
鈴木)政府も重要分野としてある程度絞っており、何を基幹インフラとするかは今後も不断に見直しが必要になってくるでしょう。その中で何がリスクなのか、どこまでをリスクとして考えるのかは濃淡がいろいろあるので、チェックできる仕組みも作っていく必要があります。
岡田)時代が変わってソフトや半導体など、非常にリスクがあり、そういう仕組みが必要だと思います。大事なのは、対象となる事業者に対し、国は事前によくコミュニケーションを取ることです。
◆軍事技術と学術界の接点を広げていくものなのか 「先端技術開発の促進」
篠原)最先端な重要技術の開発支援について、制度の趣旨、現行制度の違いをご説明ください。
鈴木)日本のこれまでの研究開発は文部科学省ないしは総合科学技術・イノベーション会議(※1)が中心になり大きな絵を描き、国はそのビジョンを実現するためのお金を出してきました。今回、経済安全保障の観点から日本が経済的に競争力のある、ないしは国際的に日本だけが持っているような不可欠な存在になるためにはどういう技術が必要なのか、ターゲットを絞った先端技術を民間と政府が協議をして議論をしていく。政府が欲しい技術を民間にやってもらう構図は、恐らく既存の仕組みにはないやり方で、そういうものを入れたかったのだろうなという印象です。
岡田)従来の国がやるさまざまな技術開発との関係はどうなるのか。国の持っている軍事技術、安全保障に関わる技術を民間で開発することを念頭に置いているのかなとも思います。アカデミアの世界では、軍事技術に対して距離を置くという伝統的な考え方があり、そこに風穴を開ける仕組みなのかなとも思いますが、もちろん政府はそういう説明はしません。
鈴木)今や純粋に軍事技術だけで開発されるものはほとんどないと思います。民生技術が軍事転用される、逆に軍事的な目的に使われたものが実は民生用の技術が基になっていたりする。政府はそうした整理を本当はこの法案の中でやれれば良かったのですが、今回やっていません。そうした意味で生焼けな感じがする部分で、議論が尽くされていない印象はあります。これからこの法案がどうやって運用されていくか、実際にこの先端技術に対する支援が、軍事技術と学術界の接点を広げていくものなのかどうかは、今後運用していくその先に見えてくるのかなと思いますので、ここは注視していく必要があります。
岡田) 政府は、「民間の技術開発力が基礎技術の部分で落ちているので、こういう仕組みがいる」という説明をしますが、それは発想が逆であって、落ちている民間のそうした基礎技術開発の能力を高めるためにはどうしたらいいのかを政策的にもっと真剣に考えるべきです。
◆発明やイノベーションをしていくことがマイナスに 「特許非公開」
篠原)特許の出願の非公開の対象は、まさに軍事技術に関わるところで、核兵器の開発に関わる技術やシングルユース技術のうち、わが国の安全保障上極めて機微な発明を基本とするという政府答弁がなされています。他方、今の話にあったように、民間のデュアルユース技術(※2)が各国における最先端の武器や防衛システムの開発の決め手になることも十分あり得ます。一律に制度の対象外ともしにくく、その基準をどうするかは課題です。
鈴木)特許が公開されることによって、その技術が国外流出する恐れがあることは理解できますが、問題はどういう技術を止めるのか、もし止めた場合にどういう形で保証するのかがはっきり決まっていないことです。
岡田)発明を公開させる代わりに独占的な、排他的な権利を一定期間認めるのが特許制度です。これに対して、「公開しません」ということですから、非常に大きな制度の転換です。対象をどうするか、もう少しきちんとした議論が必要だったと思います。私が国会で申し上げたのは、「シングルユース、まずは軍事技術に限るべきだ」ということ。最初から軍民共用技術まで対象にするとどこまで範囲とするか、非常に不透明なので、まずは慎重にスタートしたらどうかと提案しましたが、残念ながらそうはなりませんでした。ここも運用をよく見ていく必要があります。
鈴木)発明やイノベーションをしていくことがマイナスになる、インセンティブを与えるものになってないところは問題です。経済安全保障は、経済成長、イノベーションに投資できる環境を作っていくことが一番大事です。
◆大事なのは自由な経済活動とのバランス
鈴木)経済安全保障は、あくまでも危ないことを止める、経済的な圧力を受けないようにするために何をすべきかを、ミニマムなところで自分たちを守るためのものであるところが一つのポイントです。同時に、日本の経済成長、企業の成長、競争力の強化を目指していくことが何よりも大事で、そのためには企業の自由な活動をできるだけ保障しながら、危ないところだけは徹底して締めていくことが、これからの課題だと思います。
岡田)おっしゃる通りですが、政治というのは権力を持つとそれをすぐ使いたがる部分があります。そういう意味で、民間の事業者の自由な活動を制限することによって、かえって競争力を落としてしまうことにもなりかねない。そこのバランスはよく見ておく必要があります。やり過ぎて経済そのものが弱くなってしまっては意味がない。そこだけは肝に銘じるべきだと思います。
鈴木)中国の脅威をどう認識するかにもよりますが、人によってはものすごく過剰にあれもこれも危ないと評価してしまう可能性もある。今の、いわゆる新自由主義の経済から、かつての国家主導、政府主導型の産業政策をやろうとする人たちもいます。これだけグローバル化が進んだ時代にデカップリング(※3)をやろうと思っても、もうできない。政府がどんどん産業に介入をして自由貿易、自由な経済活動を制限することがマイナスになる可能性は大いにあります。われわれも外部の人間としてどうなっていくのかを見守る必要がありますし、問題があればそれを批判していくべきだと思います。ただ、それでもこの安全保障の問題として、この経済的な手段を使った攻撃というか、圧力は、常にあり得るというリスクも見過ごしてはいけません。
今回の法案は、必要な法案だと思っていましたし、これが通ることで日本としても自分たちを守るツールを手に入れることができると思います。一方で、これをどうやって制御的に、バランスよく使っていくかが課題です。
篠原)経済安全保障の問題は、この国の未来のためにも引き続き議論をし、現実的な対応を進めていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。
鈴木)本日はありがとうございました。
岡田)ありがとうございました。
※1 Council for Science, Technology and Innovation、略称: CSTI)内閣府に設置される「重要政策に関する会議」のひとつである。
※2 民生用にも軍事用にも利用できる高度最先端技術。
※3 2国間の経済や市場などが連動していないこと。